表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第四十章
1631/1747

連鎖

 民心を安定させるために、法の布告をまずは行う。


 ただし、ほとんど変えることは無い。有力者に対しても、カンペドールを伴ってマシディリから挨拶をして回った。プラントゥムの現地部族の有力者もそうであるが、残り続けているハフモニ人やアレッシア人との会合にもカンペドールを連れまわしたのである。


 油の高値買取と布の買取、破けた布の修繕なども頼み街に財を落とすことも忘れなかった。

 真っ当な関係。軍団を略奪もあり得る荒くれ者の集団としてではなく、多くの財を落とす巨大な生物と見てもらうため。


 少々のドザモザの安定と、兵の休息。

 そうしているうちに、スィーパスが南に現れる。


「フラシから二千人ほどがスィーパスに合流いたしました」

 そんな悪報と共に。


(またですか)

 額に人差し指と中指を強く押しあて、右の瞼の上に来るように引っ張る。


「フラシは、土でもこねれば兵が出来上がるのでしょうかね」


 フラシから来たのは二千人。

 されど、スィーパスの下に兵が送られてきたと言う事実は再度部隊を結集するのに役立つだろう。


 やはり、息の根を止めるしか無いか。

 指揮官としては正直落第点だが、それでも人が集まる魅力はスィーパスの不思議な力である。


 ただし、悪感情の多くはマフソレイオへ。


(良くない)

 良くない、ともう一度繰り返す。


 フラシの王族を戻すための軍事行動は、将来を考えれば良いはずだ。マフソレイオが確保し続けるよりもよほど良い。今は問題ないが、代を経て行ってもマフソレイオとの関係が穏当であり続ける保証も無いのだ。


 が、今回で言えば、そこから生じるアレッシアやマフソレイオへの不信がスィーパスへの援軍と繋がっている。


「兄上」

 マシディリを呼んだのはアグニッシモでは無い。ヴィルフェットだ。


 現在の指揮系統として、マシディリの直下にいるのがアグニッシモ。アグニッシモの下にスペンレセとヴィルフェットが並ぶような形になっている。


「スィーパスに痛撃を与える作戦の立案を、私にやらせてはもらえないでしょうか」

「意見があるなら、遠慮せずに言ってくれた方が嬉しいかな」


 止めた記憶も抑圧しようとした記憶も無い。

 が、従弟は「いいえ」と首を横に振った。


「兄上はプラントゥムの統治体制の確立と同時に今のアレッシアで自身の利益を貪ろうとする者達への処罰も並行して行っています。エリポス遠征の計画も立てている姿も見てきました。仕事が多すぎる、と愚考しております」


 利益を貪ろうとする者達への処罰とは、木材を高騰させた者達への訴追の件だ。


 ティツィアーノに多くの輸送船を焼かれ、カルド島の船も焼かれている。当然、船は必要だ。そのためにマシディリが木材を大量に買うことは多くの者にとって予想が易く、高値をつけても売り捌ける算段があったのだろう。


 だから、買い占めが起きた。

 誰もが使う大事な木材なのに。


 しかし、マシディリは彼らの目論見を裏切った。木材の多くをフロン・ティリドからの物で補ったのである。いや、作成の人員すらフロン・ティリドなどから見繕った。


 マシディリの代わりに現場で指揮を執ったのはブギルカ・インフィアネ。リベラリスの弟だ。同時に、エリポスに渡るために発生するであろう海戦のための秘策もアビィティロに渡し、カルド島などで建造に当たってもらっている。


 即ち、高値が付いている木材は結局売れ残ったのだ。

 一方で高すぎるがために買えていない者もいる。

 そのような者達に寄り添うのが、マシディリによる訴追だ。


 高値を付けることに罪は無い。が、完全に罪のない人間などそうはいない。ウェラテヌスの情報は、サジェッツァとサルトゥーラ以外の誰でも訴追できると言われるほどなのだ。


 基本は別件での訴追。

 ただし、誰もが訴追へと至った原因を分かっている。


 その上、助かるのは民衆。民衆のために私腹を肥やそうとした者と戦うマシディリと言う構図。マシディリへの支持がさらに高まる形。


 この裁判を担当するのは、父の援助を得て護民官になったソラント・ピアチアーレを中心とした護民官経験者とアスバクらマシディリが重用していた若き文官。


 そして、ウェラテヌスの情報と言う機密を扱うのはリャトリーチであり、全てを取りまとめるのは、これまたアビィティロだ。


 アビィティロは第三軍団を始めとする海岸防衛の任とエリポスからの攻撃があった場合の指揮も担当している。


 とりあえずアビィティロ。

 今冬の第三軍団での流行語らしい。


 ウルティムスいわく、出来てしまうから余計に性質が悪い。

 父上も似たようなことを言われていましたね、とはマシディリの素直な感想だ。


「兄上。私の考えたスィーパスへの攻撃策は、アグ兄の鬱憤も晴らすことができる策です、とも、言わせていただきます」

 ヴィルフェットの言葉に、アグニッシモが目を輝かせた。


「見せニッシモ」

 ソリエンスが呟く。


 がるる、とアグニッシモが歯肉を見せて冗談交じりにソリエンスを威嚇した。しゃー、とソリエンスが真顔で両手を頭の高さに上げて威嚇し返している。


 アグニッシモの名を利用した、所謂「見せニッシモ」への不満もあるのだろうが、アグニッシモの不満は他にもマシディリとあまりいられないことにもあるようだ。これは、クイリッタの死が影響しているのだろう。


 他にもカンペドールの妹に「付きまとわれている」と感じたこともその一端だ。そのことを贅沢と言われることにも精神的な負荷がかかっているらしい。


 尤も、そのことを知った当の彼女が落ち込んだ時には、流石に黙って馬の並走をしていたとの目撃談もレグラーレから聞いている。


「鬱憤ね」

「はい。標的はヒュントです」


 ヴィルフェットが、何本かの針を突き刺した小さな盾の模型を取り出した。

 その模型を地図の上、スィーパスがせっせと食糧をかき集めている地点に置いている。


「ヒュントを殺します。命か、最低でも発言力を」

「なるほどね」


 そうすれば、アグニッシモは何も気にせずに暴れられる。


 イエネーオスを討てなかったのはイエネーオスの優秀さによるモノだが、殺せなかったことを気にしているアグニッシモへの支援にもなっている言葉だ。


 仮にアグニッシモの実力に疑問を持った者がいれば、「違う」と、「アグニッシモは十全に発揮できなかっただけだ」と言っているようなモノであり、アグニッシモが過敏になっているのだとしても同じ効果を期待できる。


「作戦は?」

「大軍に対して勝つ策を兄上は幾つか持っているので、それを使う形にはなります」


「結局はマシディリ様頼みか?」

 スペンレセが鋭く言う。

 意外なことに、ヴィルフェットは迷うことなく、そして力強く首肯した。


「フラシ騎兵が手に入ったのです。使いたいと思うのがスィーパスと言う男。条件付きでこちらに寝返りたいと言っている都市に対して報復を企てているのもスィーパス。


 私が、必ずスィーパスを平野に引きずり出します。

 彼はやってくる。その工作はお任せください。その上で、兄上には戦場でスィーパスを破っていただく。第三軍団と並び立つ軍団にするために作り上げられた第七軍団とアグ兄がいて、後れを取ることは無いでしょう。


 その隙に、私は山を登り食糧庫を狙います。


 大事な大事な食糧庫ですから、ヒュントが守るでしょうし、守らないのなら影をちらつかせて守らせます」


「そこを落とすと」

 スペンレセの視線は鋭い。

 だが、大事な質問だ。


「はい。決戦に臨むスィーパスの背後をも取れる形やディグ・ナラダスを狙う形、川を封鎖する形。あらゆる偽装機動を行い、出てこざるを得ない状況に追い込み、ヒュントを撃破いたします」


「おー。そーだい」

 コパガが緩く言う。悪気はない。こういう男だ。父に対しても変わらなかったのだから、筋金入りである。


 スペンレセがコパガを睨みかけ、ふう、と息を吐いた。肩が僅かに下がる。

 ヴィルフェットに再度向いた視線は、力みが取れているように見えた。


「ヴィルフェット様の力は私も良く知っております。これだけ言い切ると言うことは、ほぼ間違いなく為せると言う確信があるのだと、不必要かも知れませんが私も付け加えさせていただきます」


 スペンレセがマシディリに対して頭を下げた。


「負担軽減は大事なこと。マシディリ様に負担が集中しているのは見えるだけではなく事実では無いでしょうか」

 ユンバも静かに援護射撃をしてきた。


「仮に失敗した場合、挽回のためにマシディリ様にご負担を懸けることはヴィルフェット様も理解しております。ですが、アグニッシモ様もフロン・ティリド遠征を成功させた指揮官であり、その時の軍勢が中核を成しております。

 経験を得る前から敵高官と同格だとお義父上が判断されていた方々が経験を手にし此処に集っているのです。どうして後れを取ることがありましょうか」


 フィロラードも言う。

 顎を引き、拳をより小さくしたのはビユーディだけ。他の者は泰然としている。言葉に迷いはみられない。


 経験は、大事だ。

(ヴィルフェットも父上の弟子ですしね)


 いや、その考えは良くないかも知れない。

 弟弟子や兄弟子を活かすも殺すも、結局は用いるマシディリ次第だ。教育で及ばずとも、起用で上回れば良い。


 そんな風にも、考えて。


「作戦の微修正などは必要だけど、ヴィルフェット。ヒュント襲撃部隊には、他に誰を連れて行きたい? 私としても、スィーパスへの勝利よりもヒュントの敗死を優先させたいからね」


 ヴィルフェットの目が、迷いなく若武者へと動く。


「フィロラード様をお借りできれば。フィロラード様の作戦の根幹には空間を用いるモノが多く出ております。現地の者を数人お借りできれば、兄上に兄上が欲する戦果を捧げることができると愚考いたします」


 フィロラードの顎も、引かれた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ