第44話
鉱山で働くようになって10日が過ぎた頃、その時は急に訪れた。
埃っぽい坑道の中でつるはしを振るって岩を砕いている最中に仲間の鉱夫から声をかけられた。
「おい、出入口に集合だってよ。作業は一旦中止だ」
その鉱夫はリクトに対して好意的でたまにこうして声をかけてくれる。
リクトは手を止めて地上へ戻るためにエレベーターに乗りこむ。鐘の音とともにエレベーターが上昇していくと、まぶしい日の光に照らされた。
鉱夫とともに採掘場の出入り口へやってきた。
そこには槍を持った王国兵の装備で身を固めた男性が3人立っていた。兵士を中心に半円を作って鉱夫たちは集まっていた。
兵士のひとりが紙を両手で広げて内容が見えるようにかざしていた。その文字は小さく細かなもので、何が書いてあるかはっきりと見ることができない。
「国王からの公布である。先日、牢獄から脱走したという不届き者がいるという報告があった。その者、国家反逆の大罪を犯した。目撃した、もしくは、あやしい者がるのなら、申し出るがいい」
兵士の言葉に周囲がざわめく。そんなことがあったことを初めて知ったというような反応だった。
その中で、リクトは誰かに突き飛ばされた。
誰かまではわからなかったがその一撃が連鎖となって、次々に突き飛ばされ、兵士の前に押し出された形になった。
「な、何だ、こいつは……」
兵士のひとりがリクトの姿に怯えたような声を出す。
今の恰好は、全身に包帯を巻き、その上から上着を着込みズボンを穿いている。顔には白い仮面を付けて、頭にヘルメットを被っている。おおよそ、鉱夫として労働に従事しているようには見えない。
「こいつが最近やって来たんだ。こいつがそうに決まってる」
誰かがそう言った。その声が呼び水となって「そうだ、そうだ」と集まった鉱夫たちから声が上がる。リクトは周囲を見回すが、誰一人、フォローする声は聞こえてこない。
「こ、こいつが……そうなのか?」
「いや、これ以上に怪しい奴はいないだろう……」
「誰が調べるんだよ。俺は嫌だぜ」
やってきた兵士3人から困惑の声が聞こえる。まさか、こんな男が出てくることを想像もしていなかったかのようだ。兵士のひとりが槍の切っ先をリクトに向けてくる。その先端は少し震えていた。
「お、おい、貴様。どうなんだ。心当たりがあるんじゃないのか!」
素直に本当のことを言う必要はないと判断して首を横に振った。
この兵士が指す脱走者がリクトのことだと言っているわけではない。リクトは棄てられ、死亡したことになっているはずである。今更このような公布があるとは思えなかった。
「貴様、男か、女か?」
その質問はその脱走者に対して必要な質問だとわかった。追われている人物はおそらく女性。そうでなければリクトの姿を見てそんな質問はしないだろう。リクトは男であることを答えた。
その回答に兵士たちは顔を突き合わせて何かを話し合っていた。リクトの回答の真偽について判断しているようだった。
「おい、貴様。仮面を取れ。性別を偽っているかもしれん。さっさとしろ」
リクトはどうするか少し考えたが仮面を取らなければ話は進まないと判断した。
白い仮面を取り外す。鉱夫たちにも見せたことのない素顔を晒した。
「ひっ!」
誰かの怯える声が聞こえた。
リクトの顔は人間の想像を大きく超えていた。
左眼付近以外の皮は剥がれており、耳、唇、頬、鼻は削ぎ落され、歯は一本足らず抜かれていた。右の目には眼球が存在しておらず、全ての光を吸い込む洞が開いているだけだった。
その顔からは、性別など、わかる筈もなかった。
「うっ……」
兵士のひとりは気持ち悪さからか、口を押えていた。
兵士は再び話し合いを行っていたが、すぐに結論は纏まったようだった。
「か、仮面を付けろ」
リクトは言われるがままに、仮面を付け直した。
「その様子では、貴様を脱走犯とすることはできん。戻っていいぞ」
リクトは鉱夫たちに混ざろうとしたが、彼らの視線をそれを拒否していた。
「協力、感謝しよう。話は以上だ。さっさと仕事に戻れ」
兵士はそう言うと、足早に第6採掘場を去っていった。まるで、一秒たりともいたくない様子だった。
リクトは無実とされたが、それ以上に深刻な問題があった。それは、共に働いていた鉱夫たちの視線だった。明らかに忌避する者で近寄ることも躊躇っているように感じた。
共に働いていた鉱夫は仮面の理由を軽く思っていたのだろう。しかし、想像を超えた現実に自分たちとは一線を画していたことに気付いた。
リクトが一歩近寄ると、鉱夫たちは一歩後ずさった。
ここでの関係が壊れてしまったことを実感した。そんな鉱夫たちの中からひとり近づいてくる人物がいた。それは、リクトを受け入れてくれた頬に傷のある男性だった。
「……貴様は頑張ってくれたが、他の鉱夫が怯えている。このままじゃあ、仕事にならん。仕事を辞めてもらう。今日の給金は払う。悪いが早々に立ち去ってくれ」
男性はリクトに銅貨を15枚握らせた。
いつもより多いのは、今までの労働に感謝するものだったのか、一方的な解雇宣告によるものだったのか、判断できなかった。
リクトは言われたまま、採掘場から出て行くことになった。
根城としている小屋に戻ってくる。
椅子に座ってテーブルの上に置いていた革袋を手に取る。その革袋には商人から買い付けたマナの実の殻が入っていた。量はそれなりにあり、しばらく尽きることはなさそうだった。
しかし、いつかは底をつく。正体を知られた以上、お金を稼ぐこともできないだろうし、商人から購入することもできないだろう。
リクトはこちらに視線を向けるファストを見つめながら、これからのことについて考え続けた。
ファストに殻を飲ませる時間になった。また、口づけをしながら殻を飲ませる。喉を鳴らして飲みこむのを確認してから彼女から口を離す。その後は変化がないかと彼女を眺めつづける。
こちらを見つめ続けていた目に変化があった。辺りを見渡すかのように、眼球が動いた。
「ここは……」
久しぶりに聞いた声。リクトは立ち上がり彼女の顔を覗きこむ。
「誰……?」
「僕だ、リクトだ」
「……リクト……本当に……リクトだ」
彼女は仮面に向けて手を伸ばすと、愛しそうに撫でてきた。
マナ人間である彼女はリクトであることをすぐに理解してたようであった。視覚よりマナを見る。彼女から見たマナはリクトのものだったのだろう。
「良かった。君はもう意識を取り戻さないんじゃないかって不安だった」
彼女の体を抱き締める。
その際に彼女の体をつなぎ合わせる痛々しい縫合痕が包帯に引っかかる。
バラバラに引き裂かれたのだ。その苦痛を考えれば自分の受けた仕打ちなど、微々たるものだと知らしめされる。
「もう、会えないって思ってた。それだけが、心残りだった」
ファストも抱き返してくる。乾燥しきった瞳が潤ってくる感じがした。彼女の声が穴だけになった耳に届くことが嬉しかった。
「ねえ、顔を見せて。仮面越しじゃ、笑顔が見えないでしょ」
リクトは仮面に手をかけるが動きが止まる。つい先ほどあった鉱夫たちの反応と同じになるのではないかと不安になった。
二度と外さない方がいいと、思ってしまった。すると、彼女が仮面を外してきた。それを止めることはせずに彼女の好きにさせた。
「酷い目に遭ってきたんだ……」
「君ほどじゃない……」
彼女の手が顔を優しく撫でてくる。感覚がなくなっていたはずの顔に触れられる感触がする。彼女が耳をつたい、頬をなで、口もとまでやってくる。それから、まだ眼球のある左眼を触ってきた。
彼女の瞳から一筋、涙がこぼれた。
「なんでこんなことになったんだろう……」
リクトは答えられなかった。
3か月ほど前、凶作だった故郷を出て、城塞で偽造手形を使ったことで捕らえられた。
その手形は本物だったと聞いた。
それから、王都の地下牢獄に入れられた。
尋問を受け故郷のために戦場へ出ることになった。
戦場で戦果をあげるも、再度戦場へ送られた。
そこで、王国軍は敗北した。
それからは、転がり落ちていくように破滅していった。
「何を間違えたんだろうな。自分では最善を選んできたはずなのに」
試験部隊に撤退命令を出したときか、ファストと共に王国軍へ戻ったときか、地下牢獄から脱獄したときか、ハジクシミへ戻ったときだったのか。
「わからないな」
リクトの口から声が漏れた。
「ファスト、疲れているだろ。もう一度寝たほうがいい」
目覚めたばかりのファストの目は虚ろでやけに疲れて見えた。まだ、マナが足りない。
もっとマナの実の殻を食べさせてやりたかったが、前にファストが言っていた言葉を思い出していた。マナの実の殻は食べ過ぎるとマナ人間であっても毒になると。
今は寝かせることが最善だと判断した。
リクトは抱きしめていた彼女の身体をゆっくりとベッドにおろす。それから、自分の顔を触っている手を、胸の辺りにおいた。
「そうみたい。もう少し寝るね」
彼女は目を閉じると、ここに連れてきた時にように動かなくなった。感じるマナの量が多くなっているので、目覚めないということはないはずである。
そんな、彼女の顔をじっと見つめた。
小屋の外では日が落ちて、徐々に暗闇が訪れようとしていた。




