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第43話

 酒場を出て、少し脇道に入る。辺りに人気がない事を確認して、握っていた紙を開く。


『酒場の裏で待て』


 それだけしか書いていなかった。

 商人の様子だけ見れば、何かの罠である可能性は高い。罠でもかまわない、リクトはそう思っていた。マナの実の殻が手に入るチャンスがあるかもしれない。そう思うだけで、紙の指示通りにする価値はあった。

 酒場の裏を目指して歩き出した。


 酒場の裏は狭く薄暗い。それだけならいい場所なのだが、よく酒場の従業員が出入りしている。とても密会に適した場所とはいえない。

 こちらに気付いた従業員は視線をそらし、こちらを見ないことにしていた。


 受け取った紙の指示通り酒場の裏で待機する。辺りはさらに暗くなり人間の目ではほとんど見えないだろう。気温は下がっているようで、時たま現れる従業員の息が白く見えた。


「待たせた。本当に待っているとはな」


 分厚いコートに帽子を深くかぶった商人が現れた。彼はこちらが待っていたことが意外なようだった。


「あんたに紙を渡しただろ。あれは、あの場所であんたと取引するのを避けたかった」


 どんな奴がいるかわからないだろ、と商人は言った。

 なんだかんだで、様々な人間が酒場に溢れている。この商人のように表向きはただの客を装っている人間もいる。それを警戒したのだろう。


「もうひとつは教養だ。まともに文字も読めない馬鹿だと、酒の勢いで口を滑らす奴もいる。一度酷い目に遭ったからな」


 商人はうんざりとした様子で首を振った。商人がどんな目に遭ったか知らないが、読み書きができることがこんな場所で役に立つとは思わなかった。


「金はどれだけ持ってる?」

「銅貨が20枚」

「……マナの実の殻だったな」


 商人はポケットから小さな革袋を取り出して、差し出してきた。手を出してそれを受け取る。中を確認すると、マナの実の殻で間違いなかった。だが、その量はかなり少ない。戦場で配られたものと比べると、はるかに少ない。


「禁制品ではないが、まともなルートのものでもない。高額になるがこちらも商売だ」


 商人は受け取った銅貨を数えながらそう言った。枚数に問題なかったのか、ポケットに入れていた。商人はリクトを見て少し笑った。


「こんなものを買って何に使うかは知らないが、俺はそこまで関知しない。もしも、もっと欲しいなら今度は50枚くらい揃えてくれ。そしたらまた用意してやる」


 商人は軽く手をあげると、背を向けて去っていった。


 彼の話では今回の取引は決して真っ当なものではないようだった。わざわざ危険を冒して殻を売ってくれたことに感謝しなくてはならない。

 量は少ないが殻を買えたので目的は果たしたといえる。用事がなくなったリクトも酒場の裏から出て行った。


 ファストを寝かせてある小屋まで帰ってきた。

 商人から受け取った革袋をテーブルに置いて椅子に座る。ファストを見ても朝と何も変わった様子はない。マナの実の殻がなければ状況は変わらない。


 袋を開けてマナの実の殻を見る。戦場で配られたものと同じもので硬い殻で歯でかみ砕かなくてはマナの補給はできないだろう。


 リクトは自分の口で殻をかみ砕こうと思ったが、歯はすべて折られておりそれはできそうになった。

 リクトは殻を指でつぶすことにした。以前切断された指は鉄のもので代用されており、それですり潰せば多少は飲みこみやすくなるだろう。


 リクトは仮面を外すと砕いた殻をを口に入れる。それから、少量の水を口に含む。唇と頬を削がれているので、隙間から水が零れていく。すぐにファストに口づけする。口に含んだ殻を水と一緒に流し込んでいく。ファストはごくりと喉を鳴らして全てを飲みこんだ。


 唇を離して、ファストの様子を見る。変化はないと思われたがファストの瞼がゆっくりと開いた。リクトは急いで上半身を抱き起す。しかし、その瞳は虚空を見つめたまま何も見ていない。まだマナが足りない。リクトはそっと彼女を寝かしつけた。



 鉱山での仕事に慣れてきた。

 採掘、補強、積み込み、分別。一通りの作業を覚え、力が強いリクトは採掘場で重宝されるようになった。休憩室では定位置で立っているが、その姿を忌避きひする者はいなくなった。

 そんな中、鉱夫たちの雑談が聞こえてきた。


「おい、また石の値段が上がったらしいぞ。これで、また給料が上がるんじゃねーか?」

「おいおい、値段が上がったところで、お前の仕事量じゃ値上げは無理だろ」


 最近、紅鉱石の単価が上がっているらしい。紅鉱石の使い道を、リクトはひとつしか知らない。マナ重機の量産。それはつまり、戦争の激化を示していた。戦争が起こればマナ人間が死ぬ。知らぬところでマナ人間が死んでいくことがリクトの胸を痛めた。


 一日の作業が終わりいつものように給金をもらう。他の鉱夫がもらい終わると、リクトの番になる。そこで、頬に傷のある男性から銅貨を受け取る。

 12枚。いつもより多く受け取った。顔を上げて男性を見る。


「間違いじゃあない。貴様の働きを評価してのものだ。サボるようなことがあれば、すぐに減らすからな。明日も頑張れよ」


 リクトは感謝の言葉を述べると、受け取った銅貨を革袋の中に入れた。


 商人との取引のために、酒場の裏でじっと待ち続ける。以前と同じように、かなり遅く商人は姿を見せた。

 リクトは商人と革袋を交換した。商人から受け取った革袋は前回よりも膨らんでいた。中身を確認すると、多くの殻が入っていた。


「へへ、確かに銅貨50枚いただいたぜ。しかし、お前さんはそんな殻を買ってどうするっていうんだ?」


 商人は好奇の目でこちらを見てくる。ただ好奇心なのだろう。しかし、リクトは口を閉ざし、返事はしなかった。


「おっと、取引で使用用途を聞くのはマナー違反だったな。もしかしたら、マナ人間の研究に使うんじゃないかと心配したんだよ」


 その言葉の意味が分からず、片方だけの瞳で商人を睨みつけた。


「おおっと、口が過ぎたかな。忠告のつもりだったんだよ。マナ人間の研究は国王の許可がなければやっちゃいけないことになっている。何故なのかは知らないが不利益をもたらすんだろうよ。お前さんも気をつけな。酷い刑罰があるらしいからな」


 一方的に喋っていた商人は片手をあげると、酒場の裏から去っていった。リクトも同様に立ち去ることにした。


 リクトは小屋まで戻ってくる。

 ファストの前までやって来ると、早速、指で砕いたマナの実の殻を口に含む。いつもやっているように、口づけをして飲みこませる。

 口を離して、ファストの様子を見る。今までより殻の量を増やしたので、何か変化があることを期待した。


 ファストの目が動いてリクトを見る。こちらの存在に気付いた様子でリクトは彼女に声をかける。しかし、彼女は何も喋らない。マナの量は随分と増えてきた。しかし、一番大切な心が彼女に戻っていない。


 相当な仕打ちをされたのだ心が死んでいてもおかしくない、と思ってしまった。マナ工学者と名乗る女性はバラバラになったファストの体を縫い合わせたと言っていた。


 昔、マーズスからマナ人間が再生する様子を見せられたことを思い出した。片腕から全身が再生していく様だった。そのマナ人間の心はどうなっていたのだろう。同じ心を持つのか、それとも全く別の心を持つのか。リクトはその答えを持ち合わせていなかった。

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