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第42話

 辺りが薄暗くなると、採掘作業は終了となり、鉱夫たちは事務所のすぐ近くに行列を作っていた。

 それは、採掘場の出入り口であり帰るためにはそこを通らなくてはならなかった。リクトはその最後尾に並んで人がいなくなるのを待つ。

 やがて列がなくなり、小屋に帰ろうとするリクトを呼び止める声が聞こえた。


「おい、新入り。何を帰ろうとしている」


 リクトを呼び止めたのは、頬に傷がある男性だった。


「すみません。まだ、何か作業が?」


 頭を下げるリクトに男性はお金を突き出していた。

 あっけにとられながらもお金を受け取った。銅貨10枚。自分がお金のために働いてたことを忘れていた。今まで労働が直接お金につながることはなかったからだ。


「なんだ、金額に不満があるのか?」


 リクトは首を横に振った。この金額が労働に対して適切なものかはわからない。それよりも、お金をもらうことに戸惑いを隠せない。


「給料は出す。うちは趣味でやってるわけじゃないんだ、労働には対価を払う。採掘場としての誇りがあるからな、無給になんてしたら名が廃る」


 リクトは受け取ったお金を握りしめる。


「ありがとうございます」

「うちは日雇いしかしていない。明日も仕事があるかわからないが、顔ぐらい出せ」


 そんな言葉を受け取って、リクトは小屋へと向かって歩き出した。


 夜のサイツクシは賑やかだ。

 昼間の労働から解放された鉱夫がそこかしこで酒を片手に騒いでいる。家々は例外なく灯りがついており食事のいい香りが鼻に届く。

 気性が荒い人が多いらしく、喧嘩をする人も目に付く。しかし、大抵の場合、妻に耳を引っ張られて、喧嘩が終わっていく。

 故郷であるハジクシミとは全く違う町の顔にリクトは少し心が躍った。

 世界には自分の知らないことが沢山ある。それをもっと知りたいという好奇心と、何も知りたくないという猜疑心が渦巻いていた。


 小屋に辿り着くころには日が落ち真っ暗になっていた。

 小屋の片づけをしている間、ランタンが必要かと思っていたが、問題なく辺りを見まわせた。ランタンは必要ないと結論付けた。


 一切の明かりのない小屋で椅子に座りファストを眺めつづける。

 彼女を部屋にひとりでいさせることが不安だった。身動きのできない彼女の身に危険が及ぶんじゃないかと。

 だから、時間が空いている時は、彼女のそばにいたかった。


 小屋の壁の隙間からうっすらと明かりが差しこむ。

 夜が明けたらしい。いずれ差しこむ光が明るくなり朝日が昇ったことを知る。

 リクトは町へ行く準備をする。包帯のゆるみはないかを確認するだけだ。それが終われば、町へと向かう。


 リクトが到着する頃には町は静かになっていた。昨夜の喧騒が嘘のようだ。

 鉱夫たちはすでに、鉱山に向かったのだろう。第6採掘場へ向かう前、町一番の酒場にやってきた。ここで情報を得なければならない。


 今日は紙の貼られた掲示板に用はない。カウンターで片付けをしている男性を見つけた。鉱夫とは思えない上等な服を着ているので、彼がこの酒場のマスターではないかと予測し彼に近づいて声をかける。


「聞きたいことがある」


 こちらに気付いたマスターはこちらの顔を見ると小さく悲鳴をあげた。

 身体を震わせて、涙目でこちらを見てくる。自分の恰好を見た目で判断すると、強盗の類いだと思われてしまうのも納得ができた。

 怯える彼を宥めている時間が惜しいのでそのまま話を続ける。


「ここら一帯を仕切る商人を知らないか?」


 この言葉に、マスターは何度も頷いた。


「紹介して欲しい」


 マスターはこちらの要求を受け入れてくれた。夜にこの酒場に来てほしいとのことだった。

 嘘かどうかはわからない。もしかしたら、自分を陥れる罠を張り巡らすかもしれない。傷つくのが自分ひとりなら問題ないと思い。彼を信じることにした。


 酒場を出てすぐに、第6採掘場へ向かった。今日も頬に傷をした男性が受け入れてくれた。

 今回の仕事は採掘だった。昨日操作した機械はエレベーターで地下にある坑道と地上をつなぐものだった。リクトはエレベーターに乗りこみ地下へと進む。


 地下の坑道は広く3人の鉱夫がつるはしで壁を叩いていた。

 その音は坑道中に響き、言葉を交わすことは難しいと思われた。天井に備え付けられているカンテラの光は弱く坑道のすみずみにまでは届いていない。

 他に2人の鉱夫がいたが、坑道の補強に従事していた。


「何をしたらいいですか」


 つるはしを振るう鉱夫に声をかけるとぎょっと目を丸くしてこちらを見てくる。

 他の鉱夫も手を止めてお互いに何かを言い合っている。自分の扱いに困っているのだと、リクトは思った。


「ああ、ここを掘ってくれ、俺たちは今まで掘ったやつを運ぶからよ」


 つるはしで削っていた3人は持ち場を離れて今まで砕いてきた赤い岩をトロッコに詰め込み始めた。

 リクトは言われた通りつるはしで岩を叩く。

 思ったより手応えがない。紅鉱石の性質なのか簡単に砕けてしまう。リクトはもくもくとつるはしを振るう。その度につるはしと赤い岩がぶつかり合い鋭い音を響かせていた。

 トロッコに岩を詰めていた3人は手を止め、リクトをじっと見つめていた。


 休み時間になって、地下坑道から地上に上がってくる。

 事務室と同じ小屋にある休憩室でリクトは昨日と同じ場所で立っていた。すると、鉱夫がひとり近づいてくる。坑道内で見た男性だった。

 男性はやかんを持ってくるとリクトに渡してきた。


「あんた、意外とやるんだな。そんな恰好だから、役に立たないと思ってた」


 リクトは差し出されたやかんをそれとなく拒否する。


「ありがとう、でも、ここでは仮面を外せない」


 水は飲んでも飲まなくても問題なかった。ここで仮面を外せば休憩室に漂う活気が失われてしまうだろうと考えていた。

 やかんを差し出していた男性もその意味を察したのか、やかんを持ったままリクトの前から立ち去った。そこに、頬に傷がある男性が通り過ぎる。


「貴様は受け入れられたんだよ」


 そうぽつりと呟いていった。


 一日の作業が終わる時間になった。

 今日も出入り口には鉱夫が並んでおり日当を受け取っている。

 今日も銅貨10枚。昨日のものと合わせると20枚。マナの実の殻はどれだけの値段になるかわからないが、これで少しでも買うことはできないかと思案した。


 朝に酒場のマスターとした約束がある。第6採掘場を離れてすぐに、この町で一番大きな酒場へと向かう。

 扉を開ける前から大声が聞こえてきたりと騒々しい。

 扉を開けて入るとその声はもっと大きく聞こえてきた。酒の入った木製のカップを片手に盛り上がていた。『うちの女房が……』『人使いがあらい……』『給金が安い……』『石の値段が下がった……』『女を盗られた……』様々な声が聞こえてくる。中にはテーブルを踏みつけて騒いでる鉱夫もいた。


 誰かがリクトを察したのか酒場の賑わいが一瞬止まった。しかし、すぐにまた大騒ぎを始めた。

 ここは受け入れられたというよりは無視されたというべきだろう。リクトはそのままカウンターまで行ってマスターに声をかける。

 マスターは怯えた様子であったが朝の約束を憶えていたらしく、ひとつのテーブルを指差した。そこには厚手のコートを着た男性が座っていた。

 リクトはテーブルに近づいて商人と思われる男性を見た。

 男性は痩せ型で狡猾そうな鋭い目つきをしていた。男性はこちらに気がついたようだったが、早速顔をひきつらせた。


「あなたがここらを仕切る商人か? マスターから聞いてきた」

「あ、あんたんが、相手かよ。これなら、話を聞かなきゃよかったぜ」


 商人はすでに後悔しているようだった。それでも、リクトの顔を正面から見つめてくる。


「そこに座りな。どんな奴でも商売相手だ」


 商人は対面の椅子を指してそう言った。リクトは礼をしてから椅子に腰を下ろした。


「まったく、ここは騒々しいよな。こんなに寒いってのに薄着で酒をガバガバ飲んでやがる。きっと、悩みなんて持っていないぜ」

「是非、売ってもらいものがある」


 商人の世間話をさえぎって目的を伝えた。商人は肩をすくめたがすぐに真面目な表情をしてきた。仕事と私事はきっちりと分けるタイプのようだ。


「何が欲しい? 大抵のものは用意してやる。こうやって話をしに来たっていうことは、つまりそういうことなんだろう?」

「マナの実の殻だ。手に入るか?」


 商人は眉をひそめて急に警戒を強めてきた。

 リクトも相手がどう出るかわからずに身構えた。商人は辺りに視線を配った後、紙を取り出し何かを書いた。そして、その紙をリクトの手に握らせた。


「今日の取引は終わりだ。ここから出て行ってくれないか。他の客も来る予定だ」


 リクトは席を立った。

 紙を握らせれたということは、ここではできない話なのだろう。リクトは何も言わずに酒場から出て行った。途中、こちらに気付いた鉱夫が会話を止めたりしていたが気にしなかった。

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