第41話
赤い色の鉱山に囲まれた町、その外れに誰も使わなくなった小屋があった。
1部屋しかない小屋は棄てられて久しく、窓は割れ、蜘蛛の巣が張られ、埃が積もっている。
ベッドのシーツは虫に喰われて所々に穴が開いている。テーブル、椅子、タンスに、空っぽの箱があった。箱の中には乾燥した野菜の屑が残っているだけだった。
小屋に辿り着いたリクトはここを使わせてもらうことにした。ファストはマナ重機に残したまま、リクトは小屋を使えるように手入れを始めた。
掃除道具などないので、その辺りに生えていた雑草を使って掃除を行う。蜘蛛の巣と埃を取り除くことはできたが、割れた窓と穴の開いたシーツはどうにもならなかった。
人が住める環境ではなかったがマナ人間なら耐えられる。マナ重機からファストを抱きかかえ小屋まで運ぶとベッドに横たえさせた。
ファストは殆ど動かない。
マナを感じるかぎり生きているはずである。
普通ならマナ人間はマナを消費し続けるのだが、ファストは改造されたことで眠るとマナの消費を極端に減らすことができる。しかし、このままでは近い将来、マナが尽きてしまう。
一時的ではあるがマナを補給する方法がある。それは、マナの実の殻である。
リクトは行動を開始する。
まずはお金を稼ぐ。軍で流通しているものなので横流しを行う商人もいるだろう。お金があれば入手できるに違いない。
リクトは町へ行くことにした。この町の近くの小屋を選んだのは、鉱山があったからである。採掘現場なら雇ってもらえるかもしれないと期待したのだ。
ファストを置いていくことに不安を感じたが、今はこうするしかなかった。
※
鉱山の町、サイツクシ。
赤い鉱山に囲まれたマーリナス王国直轄の町。
鉱山は紅鉱石を多く含むため、赤く見える。採掘が盛んであり、多くの鉱夫が暮らしている。
鉱山は常に人手が足りず、仕事を求めて訪れる人も少なくない。その労働は過酷なもので定住する人は少ない。
サイツクシで採掘した紅鉱石のほとんどは、王都に運ばれ、マナ重機の装甲に利用される。
リクトは町に辿り着いた。
町は鉱山の麓に建物が集中しており活気だけなら王都にも引けを取らない。往来を行き来する馬車が砂煙を巻き起こしている。昼間は鉱夫が鉱山で細工するため女性の姿が目立つ。
全身に包帯を巻き、仮面を被るリクトの姿はとても目立つ。道行く人は避けながらもリクトに好奇の視線を送っている。ここで暮らしていくからには、姿を隠し続けることはできない。町を彷徨いながら、最も大きい建物を探していく。
目立ったのは大きな酒場。
昼間だというのに、婦人が忙しそうに掃除をしたり、お酒を運びをしたりして、忙しく走り回っている。
酒場の中に入ると、営業しているらしく人数は少ないが利用している客もいる。
リクトは辺りを見まわすと、とある場所に視線を向けた。壁にたくさん貼り付けられた紙。それには、様々な情報が書き込まれている。
『王国軍大勝利! デリエルズヒルを占領。帝国攻略の足掛かりを得る』
リクトが参加した戦場のことだろう。
こういった王国に関する情報が書き込まれている。敗北を喫したヘリマアウントに関しての記述は一切なかった。これも情報操作の一環なのだろう。
『猫を探しています』
『空き巣注意』
『紅鉱石の単価上昇』
この町ならではの情報も貼りつけられている。この場所に来れば、この町の情報全てを確認できるようだ。他に情報はないかと視線を巡らせる。
『スパイ容疑の男が牢獄から脱走。目撃者は通報を』
簡単な人相が描かれている。
これは王都から逃げ出してハジクシミへ向かう間に掲載されたものだろう。
その時点で国王はこちらの動向を知っていたのだから、これは対外的な体裁を取り繕うものに違いない。リクトは視線を移し、目的のものを探す。
『鉱夫募集 働きたい人は第6採掘場へ』
リクトはそれだけ確認すると、酒場を出た。
サイツクシには、第1から第7までの採掘場が存在している。それぞれが別の人間が経営している。これは、競争力を高める目的があるという。
今回、募集を見つけたのは、第6採掘場である。看板を見ながら、目的の採掘場を目指す。
埃っぽい道を進み第6採掘場の事務所へやってきた。
木製の小屋は大きいもので、事務所以外にも他の部屋があるように見える。
入り口付近にガラスの窓がはまっている。ここは引き戸になっており、中にいる作業員と会話ができるようになっている。中を覗き込むが、誰もいない。勝手に入るわけにはいかないので、小屋の前でじっと待つことにした。
しばらくすると、厚手の上着を着た大柄な男が近寄ってきた。短い黒い髪に、口ひげが生えており、頬に大きな切り傷がある男性だった。リクトの前までやって来ると、その様子を見つめた。
「何の用だ。貴様みたいのが来てみなが不気味がっている。どこかへ行ってもらおう」
男性の声は低くこちらを威圧しているように聞こえる。
完全にこちらを敵視しているようだ。リクトは自分の姿を見れば誰でもそう感じるだろうと思った。リクトは誤解を解こうと口を開いた。
「働き手を募集しているという張り紙を見てきた。働かせてもらえないだろうか」
男性は鋭い眼光でこちらを睨みつけてくる。値踏みしているようなので動くことはせずに、立ち続けた。
「その下は傷なのか? 働けない奴は雇えない」
「傷痕があるだけで働くには問題ないはずだ」
「……ここは厳しいぞ。半端な気持ちでいると痛い目に遭うが?」
「覚悟はできている」
簡単な問答を行った後、男性はついてこいと言い採掘場の奥へと歩き出した。リクトはその後をついて行った。
やってきたのは木製の大きな機械の前だった。円形で回すための取っ手がついている。その円形は2つ並んでおり、男性は何も言わずに片方の取っ手を握った。その指は1本足りなかった。
「もうすぐだ、待っていろ」
その言葉に従ってリクトも同様に取っ手を握る。マナ人間になってから力を使う作業は初めてだった。うまくできるか不安だったが、人間でいた時よりも調子がいいので大丈夫だと言い聞かせた。
すぐにカンカンカンと鐘の鳴る音が聞こえてきた。
「おい、力を入れて回せよ」
男性が取っ手を回そうとしたので、こちらも同様に回し始める。力をこめると思ったよりも取っ手は軽く回った。そのまま力を入れて回そうとする。
「おい、速く回し過ぎだ。俺にあわせろ」
驚いてすぐに力を抜く。男の動きに合わせて取っ手を回す。
これは何かを巻き取る装置のようで、足元から何かがせり上がってくる振動を感じた。
すぐに、何かがぶつかる音がした。すると赤い岩を乗せたトロッコが出てきた。3人の男がそのトロッコを押し出しており、トロッコはすぐに終点に辿り着いた。
「次は岩の積み込みだ。ついてこい」
男性はトロッコへと近づいていくのでリクトも同様に向かった。
トロッコにのった紅鉱石を積荷用の箱に積み替える作業を行う。単純な作業だがかなりの体力を要した。肉体労働に対してあまり疲れを感じないので黙々と作業を続けた。
やがて休憩の時間になり、事務所だと思われた木製の小屋にある休憩所に集まった。4人掛けのテーブルが4つ。各テーブルに2つやかんが置かれており、中は水が入っているようだった。
採掘で疲れた鉱夫たちがやかんに口をつけながら水を飲んでいる。鉱夫は汗と土にまみれて随分と汚れていた。それは、この採掘場の過酷さを物語っていた。
リクトは休憩室の片隅に立ってじっとしていた。テーブルを使うのに気が引けたのもあったが、さほど疲れていない。それに、自分がいると相手の気分が悪くなるだろうと思っていた。
「おい、飲んでおけ。水分を取らないと、ぶっ倒れるぞ」
頬に傷をもつ男性がやかんをリクトに差し出してくる。それを内心驚きながらもリクトはそのやかんを受け取ることはししなかった。
「……仮面は外せないってことか」
男性は何かを察したのかやかんをテーブルの上に戻した。そして、リクトの隣に並んで立った。
「ここはな、脛に傷を持つ奴ばかりだ。貴様ほどではないが、ほとんどが大なり小なり抱えている。そうじゃなきゃこんなところで働こうなんて思わない。ここにいる連中は気にしなくていい」
リクトは男性に向かって自分を気遣ってくれたことに礼を言った。男性は頭をかきながらリクトに一言残してテーブルに戻っていった。
「休憩時間が終わったら、こっそり水を飲むといい」
リクトは仮面の下で少し笑った。




