第40話
リクトはファストを抱えたまま下水道を進んでいた。どろりとした感触の水を進み、途中『何か』に足を引っ掛けながら歩いた。
人間だったころだと、真っ暗で一切の光がないこの道を歩くとができなかっただろう。今は光は関係なくよく見える。これが、人間とマナ人間の世界の違いだと思い知らされた。
歩き続けていると、見覚えのある場所までやってくることができた。特に目印があってここまでやってきたわけではないが、空気の流れで何となく感じ取れた。
下水道から通路へとよじ登る。そこからの道はよく覚えている。下水道の脇には遠くから光が見える通路がある。そこでリクトは自らの過ちに気付いた。
目の前にある鉄格子には鍵がかかっており、通ることはできない。この先に目的の場所があるというのに、そこへ到達することはできない。
リクトは試しに鉄格子を開けようと力をこめて引いてみた。すると、鉄が擦れる音と同時に鉄格子が開いた。
以前と同じ罠かとも身構えたが、どちらにしろ、一度は死んだ身。この先に何があっても気にすることはない。ただ、腕に抱いているファストがどうなるか、それが気がかりだった。
リクトは鉄格子を抜けて、その道を歩いて行くとかすかに見えていた光が大きくなり、視界全部を光が照らした。
そこは、棚が数多く並んでおり、本や、薬の入った瓶、マナの実の殻がしまわれている。マナ人間研究機関。リクトが目的地として歩いてきた場所だ。
棚のある部屋を抜けると、白い壁に覆われたマナ人間の居住スペースがあった。そこには、もう使われなくなった丸いテーブルや、ベッドがそのまま放置されている。
誰もいないはずのそこには、禿げ上がった頭をした老人が椅子に座っていた。
老人が顔をあげると、驚いたように目を丸くした。彼に自分のことを伝えようと動く前に、向こうから声をかけられた。
「なんじゃ、貴様か。随分と見た目が変わったのう」
「僕のことがわかるのか?」
「リクトじゃろ。何か変な恰好をしておるが、見ればわかるじゃろ」
老人――マーズスはリクトに座るように促してきた。
今は包帯で全身を覆い仮面で顔を隠しているというのに、彼は自分のことがわかるという。それには、リクトも少し警戒したが、敵意は感じなかった。むしろ受け入れてくれるように感じた。
リクトは座らずにファストを椅子に座らせて、自分は立つことを選んだ。
「まさか、貴様がマナ人間になって帰ってくるとはの。いや、人生というものはわからんものじゃ」
彼はリクトの話を疑うことなく受け入れていた。そんなこともあるといった様子で、疑問すら覚えないようだった。そんな彼にお願いをしようとすると、それは遮られた。
「貴様の言おうとしていることは、大体わかっちょる。その前に、老人の話を聞いてくれんかの」
リクトがうなずくと、マーズスは語り始めた。
とある貴族にはひとり息子がいた。
貴族は彼に家督を継がせるために屋敷に閉じこめ大切に育てた。
彼が青年になった頃にはこの生活に飽きていた。話をするのは両親だけで、メイドとして働くマナ人間がいるものの、話をするような相手ではなかった。
それでも、刺激に飢えていた青年は身の回りの世話をしていたマナ人間に話しかけた。
話は他愛もないものだった。天気のこと、仕事の内容、両親への愚痴、ただそれだけだったが、青年の心は満たされた。
いつしか、メイドのマナ人間は良き話し相手になっていた。
しかし、この狭い屋敷の中ではすぐに話になるネタが尽きてしまった。それから青年は本を読みその内容について色々と語った。時に勉強して話をする幅を広げていった。
彼女との会話だけが、青年の楽しみだった。懸命に話す青年に彼女はうなずき聞いてくれていた。
「俺は王国憲法にある『マナ人間の精製について』の項目に不満があるんだ」
彼女は青年の話をじっと聞いていた。
「王国が指示しないしない精製には重罪を課し莫大な金銭を請求する。もっと自由にしてもいいと思うんだ。王国は既得権益としか思っていない。お前もそう思うだろう?」
「そうですね。自由になれたらいいと思います」
彼女は薄く微笑むと長い髪をかき上げて耳の後ろにかけるような仕草をする。それは、彼女の癖ともいうべきものでよくその仕草をしていた。
「自由になるのは、マナ人間の方じゃないけどな」
「そうでしたか」
反応は薄く、たまにおかしなことを言ったりするが、それが青年にとっての喜びだった。
マナ人間と話すようになって1年が過ぎた。会話のために勉強していたことが、王国に評価され両親もそれを喜んだ。当然、青年も喜んでマナ人間にその話をした。
「俺が勉学に励んでいたことを知った父の友人が、そのことを国に伝えてくれたんだ。そしたら、将来、王都に招いきれてくれることになったらしいんだ。凄いことだろ?」
青年はその話をずっと続けていた。今までの会話よりも長い時間だった。その時、ふと、あることに気付いた。これだけ長く話していたといいのに、彼女は髪をかき上げる仕草をしなかった。それを、青年は不思議に思った。
「以前、『マナ人間の精製について』という憲法の話をしただろ?」
「そうでしたか?」
様子がおかしい。何かが掛け違えているような気がした。
「ほら、自由に精製することができるという話を、お前が自分が自由になれると、勘違いした話だ。憶えていないのか?」
「さあ?」
青年は愕然とした。
彼女は憶えていなかった。だが、そういうことではなかった。
彼女は自分の話していた内容を一部しか理解を示さなかった。それで、青年は自分の間違いに気付く。
彼女は、前に一緒に話したマナ人間ではなかった。いつの間にか入れ替わっており、それに気付かずにずっと話をしていたのだ。
いつから入れ替わったのか、何度入れ替わったのか、青年はわからなかった。マナ人間の外見は誰も一緒に見えた。同じ服を着ているので、その差に気付けなかった。
両親に話を聞いたが、やはり入れ替わりがあったらしい。
それで青年はようやく気付いた。自分は、人間は、マナ人気について、どこまで知っているのか。もっと詳しく知りたい。今度こそ楽しく話し合えるようになりたい。青年は勉強を始めた。
王都に招待された青年はマナ人間について調べ始めた。様々な書物を読んだ。実際にマナ人間の体を調べた。マナ人間の精製も行ったし、その現場を指揮したりもした。
それでわかったのは、マナ人間は、人間とは全く違う、おぞましい存在なのだと。隣人の様にふるまってはいるが、その実、人間を真似るだけの何かだったのだ。
青年はマナ人間という下賎な存在をこの世から殲滅しようと思い始めた。
マナ人間を殺すにはどうすればいいか。どうすれば効率的に殺せるか。その手段を考えるうちに、マナ重機というに目をつけた。
もともと、建築作業に利用していたマナ重機を使ってマナ人間を殺すことを思いついた。マナ人間がマナ人間を殺し合う。無尽蔵に増えるマナ人間にはぴったりなものだと、思いついた。
青年が開発したマナライフルを装備したマナ重機は画期的だった。戦争の在り方を全く別の物に作り替えた。
戦争はマナ人間と使ったゲームのようなものだった。
人間はマナ人間を使って殺し合わせる。それは、青年の望んだものだった。
だが、青年は満足できなかった。
もっとマナ人間を殺せるように、効率よく殺せるマナ重機を作ろう。それには、ただのマナ人間では、実現できない。なら、マナ人間を改造しよう。もっとマナ人間を殺せるマナ人間を作ろう。
青年はそうやって、狂っていった。
マーズスは、語り終えて一息ついた。
「どうしてこんな話を?」
「何故じゃろうなあ。この研究室も取り壊しが決まった。儂はきっと火刑に処される。じゃから、この話をしたかったのかもしれんなぁ」
誰でもよかったと、マーズスは語った。
彼は満足したかもしれないが、リクトはそれとは別の用事があった。
「僕がここに来たのは――」
「言わんでもわかっちょる。こっちゃこい」
リクトは椅子に座るファストを抱きかかえると、マーズスの後ろをついて歩き始めた。
マーズスは工場へと続く鉄の扉を開きその中に入っていた。
そして、過去に試験型マナ重機を置いてあったハンガーにやってきた。
そのハンガーの2号機と3号機の場所は空だった。1号機の場所には見たことのない青いマナ重機が座っていた。
「これは?」
「最新型マナ重機じゃ。貴様が帰ってきてもマナ重機がなければ戦場に送ることがでんじゃろ。じゃから、作っておいたのじゃよ」
「僕のために?」
「そうじゃと言っておる。前回と同じく複座型じゃ。そこのマナ人間を乗せてやれ」
マナ重機を見上げるマーズスから視線を外し新型マナ重機へと上っていく。
操縦席の扉を開くと旧型と造りは同じだった。前の座席にファストを座らせ、ベルトで固定する。後ろの座席にリクトが乗りこんだ。
旧型よりレバーの数が増えている。それの操縦方法も何となく理解できる。最もマナ重機を知る彼だからできた業なのだろう。
操縦桿を動かすと最新型マナ重機が立ち上がる。マーズスはじっとこちらを眺めている。彼を残して工場から外へと出た。
時間の感覚がなくなっていたのか外は真っ暗で月が昇っている。
リクトはマナ重機を動かして城壁へ近づく。前に脱走した時に破壊した城壁はまだ修復が終わっていない。その代わり、マナ重機が2機配備されていた。
リクトは最新型マナ重機を操縦してマナライフルで相手の操縦席を撃ちぬいた。瞬時に2機を沈黙させたリクトは最新型の新機能であるジャンプを駆使して城壁を越える。
再び王都を抜け出したリクトは目的地もなくマナ重機を走らせた。




