第36話
ハジクシミを後にしてすぐに足が重くなってくる。鞄を持ったからというわけではなく、緊張がほぐれたことで身体の異変を感じるようになってしまったことが原因だった。
身体のあちこちが痛みだす。蹴られた箇所、麻糸で肉を切られた箇所、鞭で打たれた箇所、火傷を負った箇所。その全てが降りかかってきたようだった。遠くから2人が見ているかもしれないという、見栄がリクトを突き動かす。
ある程度歩いた後、倒れるように膝をつく。もう見られていないのではないかという安堵から緊張の糸が切れた。
腰を下ろして、少し休む。ついでに、ハルカから受け取った鞄の中身を確認した。彼女が言うには、服と食料が入っているという。中には食料が入っているであろう麻の袋と、昔着ていた厚手の服だった。
足を止めているついでに、リクトは服を着替える。冬に着ていたものだけあって冷たい風から身を守ってくれる。
身体をさすって痛みを和らげる。それを繰り返して身体も温める。充分に休憩したのでリクトは立ち上がりマナ重機へと向かって歩き出そうとした。そこで、おかしなことに気付く。村の方が赤く光って見えた。よく、目をこらすと、その光は揺らめいており、煙まで上がっている。
リクトは走り出した。村とは逆の方向、マナ重機に向かって。悲鳴をあげる身体を押さえつけて、1秒でも早く到着するように足を動かす。すぐに呼吸は荒くなり、全身が鉛のように重く感じるようになった。途中、足がもつれて転倒してしまうが、すぐに立ち上がりまた駆けだす。
その道中は長かった。もっと近くにマナ重機を置いておけば、こんなに苦労することはなかった。だが、リクトの心のどこかで、マナ重機に乗る自分を見られたくない、と思っていた。
赤い色のマナ重機の到着し、すぐに操縦席の扉を開いた。
「リクト? どうしたの?」
「説明は道中でする。まずはこいつを動かすぞ」
驚くファストを持ち上げると座席に座り、自分の膝の上にファストを乗せた。操縦桿にファストの手を重ねて、その上から握りこむ。
座っていたマナ重機を立ち上がらせてるとマナ重機を走らせた。
「せ、説明を……」
「揺れるから喋るな。舌を噛む」
量産されているマナ重機では試験型マナ重機のような複雑な行動をすることができない。ある程度行動パターンが決まっており、走るという行動をさせるだけである。そのため、操縦席内は激しく揺れていた。
「故郷が焼かれている。何が起こったのかわからないが、きっと、僕ひとりでは何の力にもならない」
ファストの背中しか見えないが、頷いてくれたように見えた。
村に向けてマナ重機を駆る。その途中、黄色と緑の動く影を見つける。近づいていくと、それがマナ重機であることがわかった。
「センド! サッド! 君たちも無事だったか」
「あ! もしかして、隊長? センド、やったね!」
通信機からサッドの明るい声が聞こえてくる。王都では2号機と3号機の存在は確認できていたが、2人については出会うことができなかった。どうなっていたのか心配していた。
「2人にお願いがある。僕に力を貸してくれないか?」
何が故郷を襲ったのかわからない。今は少しでも力が必要だった。
「……」
「うん。いいよ。手伝ってあげる!」
サッドからは返事をもらえたのだが、センドは沈黙を保っている。
「ねえ、どうしたの? センド……」
センドは何も言わない。何か不穏な感じがしてリクトは身構えた。次の瞬間、2号機のポールハンマーが振り下ろされた。その一撃に気付いてすぐに回避する。
「……断る」
2号機はポールハンマーを叩きつけた姿勢を維持し続けている。
通信機から聞こえるセンドの声は低く、いつもの様子とは違う。さきほどの攻撃も精彩を欠いていた。
「センド、本当にどうしたの? お腹痛いの?」
「そういうわけじゃない。どうして、あたしたちがここにいるのか、少し考えればすぐにわかるだろうが」
リクトはその言葉を聞いて、ようやく、自分がどのような位置にいるのかを理解した。センドは言葉を続ける。
「裏切者、反逆者。あたしたちはあんたを捕らえに来たんだよ! リクト」
サッドの元気な声が聞こえなくなる。2号機はゆっくりとポールハンマーを引いて、直立へと姿勢を変えた。次にもう一度ハンマーを振り下ろすように構えなおしている。
「だ、だけど……隊長だったんだよ。前みたいに一緒にいようよ。4人一緒なら、また何でもできるようになるよ」
サッドの言葉に、センドは何も言わない。
「力を貸してくれないか? 今、故郷が燃やされているんだ。助けて欲しい」
「断るといっただろ……あたしたちの命令は、反逆者を捕らえることだ! あんたを助けることじゃないッ!」
センドは取り付く島もない様子だった。
「あんたの命令に従っていたのは、試験部隊の隊長だったからだ。今はもう隊長じゃない。従う必要もない。大体、あんたの命令で、あたしたちがどんな目に遭ったのか、わからないなんてことは言わせないよッ!」
リクトははっとした。命令違反、敵前逃亡の罪に問われていた。ということは、退却命令を受けた彼女たちも、同様なことをされていてもおかしくない。
すぐ目の前にいるファストに視線を向けるが、何も言わず口を閉ざしていた。つまり、そういった事実があったということなのだろう。
「……でも、センド――」
「うるさい! お前もそうだっただろう!」
サッドは口を閉ざしてしまう。
「あたしたちは、あの時、敵軍に特攻するべきだったんだ。マナ人間として、人間の命令を聞いて、命を全うするべきだったんだよ!」
センドの言葉に、リクトは心に重圧を感じてしまう。あの時、撤退命令を出したのは、自分が正しいと考えていた。今でも自分が間違っているとは思わないが、やはりあれはただのエゴだったのかもしれない。彼女たちにとっては、正しい在り方ではなかったのかもしれない。
「何をぼんやりしてんだい……構えろよ。自分が生き抜くために、あたしを殺しな!」
サッドの叫びに、リクトの体が跳ねる。覚悟ができていなかった。ここで足止めをされれば、村を助けることができないかもしれない。リクトはマナ重機を操作して、マナライフルを構えさせた。
「センド、もしかして……」
「ファストは黙ってろ。あんたは察しがよすぎる」
ファストは何か言いたげだったが、それ以上、言葉を口にしなかった。
「センド! 待って! 4人で逃げれば……」
「そいつはできないね。リクトは村に行くって言ってんだ」
「じゃあ、みんなで村に行こ? みんなで村を助けて、私たちも逃げればいい。そうだ、いい考えじゃん」
「サッド、そいつはできないね」
2号機が再びハンマーを振り下ろしてきた。柄がしなり、強烈な勢いで迫ってくる。それを赤いマナ重機がぎりぎりで躱す。すぐに距離をとって、攻撃範囲から逃げ出した。
「何やってる。どうして反撃しない?」
「……駄目だ。君たちと戦う理由がない。僕を見逃せばそれでいいじゃないか」
またポールハンマーにより一撃が地面を抉った。
「戦えって言ってんだよ! 何やってんだよ!」
センドの様子がいつもと違っていた。焦っているようで、待ち望んでいるようだった。リクトにはそれが何を意味しているか解らない。
「言っただろ、理由がないって」
2号機は全てのものを粉砕するかの如く何度もハンマーを繰り出してくる。マナ重機の決められた行動を組み合わせることで、かろうじて攻撃を回避していく。前進、後退、反転、左右の移動。それらを駆使して2号機に対抗する。
「ちょこまかすんな!」
2号機はポールハンマーを下段に構えると、地面を削るように振り上げた。いくつもの飛礫が赤いマナ重機を襲う。それらは、盾で受け止め、致命的なダメージを回避する。
2号機による攻撃と、赤いマナ重機による回避が繰り返される。
「はぁ……はぁ……、戦え……、戦えって、言ってるだろ!」
2号機の動きに精彩が欠けていく。動きは鈍りポールハンマーを振り下ろしても威力がない。もはや、ハンマーに振り回されている。そんな状態ではリクトの乗るマナ重機には届かない。
「もう、やめろ。こんなこと、意味がない」
「あんたには……無くても……あたしには……あるッ!!」
2号機は機体全体を回転させるように勢いをつけて、ポールハンマーを振り下ろす。激しい衝撃に、周囲の土が飛び散っていく。それは最後の一撃だったのか、2号機は動かなくなった。
その様子に、リクトはマナ重機を2号機に近付ける。だが、ぴくりとも動かない。
「おい、センド、どうした? 何か言ったらどうだ」
やはり、返事はない。
「二号機から、マナの反応が消えた」
ファストの平静な声が耳に届いた。
「え……?」
間抜けな問いが口からもれていた。
「センドからマナを感じない。マナが尽きたということ」
それは、つまり――
「センドは死んだの」
昔、センドと話したことを思い出す。「あたしは寿命が短いんだ」だから、寝るなんてもったいない、生きる時間を大切にしたい。彼女は自分の寿命が尽きかけていることを知っていた。だから、マナ人間として生きて、死にたかったというのだろうか。
自分の手で命を奪って欲しがっていた、と思うのは、おごり過ぎなのもしれない。
言葉を失っていると、通信機から何かが唸る音が聞こえてくる。それは徐々に小さくなり、聞こえなくなった。
「どうして……なんで……?」
引きつったサッドの声が聞こえてきた。その声は震え、怯えているようにも聞こえる。
「センドが……センドの生きている音が消えちゃった……」
サッドは聴覚などの感覚器官が強化されており、人間には感じられないことまで感じ取ってしまう。ずっと聞こえていた生きる音がセンドから聞こえなくなったのだろう。
「そ、そんな、嫌だよ、なんで? 4人一緒だったから何でもできたのに! なんで! どうして!」
その悲痛な声は聞いている者の心を抉ってくる。膝に座るファストに視線を向けるが、前方を見つめたまま動かない。
「……サッド。センドは死んだの。寿命を全うした。もう、4人が揃うことはないの」
ファストが言い聞かせるように、サッドに語りかける。それは、姉が妹を宥めるようであった。
がりがりと、何かを掻く音が通信機から聞こえてきた。その音は妙に耳に残る。
「センドが死んだんだよ、なんで、隊長もファストも、そんなに平気なの? 私にはわからない!」
ついに、サッドは叫び出した。あの、軽い感じの元気がいい声が、喉が潰れるのはないかと思うほどの、金切り声になっていた。
「いや! 4人がいい! 一緒にいるのがいい! また、みんな集まって、一緒に戦場を渡ろうよ! みんながいれば、できないことなんてなかった! 4人いれば!」
叫び声はとどまることを知らないかのように、ひび割れ、大きくなっていく。それと同じように、がりがりと聞こえる音も大きくなっていく。
「サッド! 何をしている! 落ち着け、やめるんだ」
リクトの胸の中にある不安が大きくなっていく。現状を何とかできないかと、声をかけるが、まったく効果がない。
「ああっ! なんでっ! なんでっ! なんでっ!」
錯乱するサッドから出る引っ掻く音に、泥をかき混ぜるような音が混ざってくる。これが出血によるものだと理解するのに、さほど時間はかからなかった。
「今すぐ、掻くのをやめるんだ!」
通信機にいくら話しかけても、返事はない。もう、何を言っているのかわからない音だけが、喚き散らされる。
「――ッ! ――! ――!!」
我慢が出来ずに耳を手で塞ごうとしたとき、一切の音が消えた。ファストの手が通信機のスイッチを切っていた。
「サッドは、もう……」
ファストが首を振った。もう彼女が発狂してしまったと、暗に言っていた。リクトは一度浮かせた手を操縦桿に戻す。マナ重機を動かし3号機に照準をつける。狙いは操縦席。一撃で楽にできる。
震える手で引き金を引こうとする。だが、指が動かない。
「リクト、どうしたの……?」
ファストがこちらの顔を覗きこんでくる。その今にも泣いてしまいそうな顔を見て、覚悟を決めなくてはならないと、思わせた。
照準をマナエンジンにずらす。弾丸を撃ち込むと、発火して3号機を炎で包む。何発も打ち込んでから距離を取ると、3号機は爆発して辺りに炎をまき散らした。




