第34話
無駄に広い村であり、長の家に辿り着くまでに、辺りは真っ暗になっていた。家と家の間隔は広く外灯もない。ランタンを借りられたことがをありがたく感じた。
長の家は大きい。木製の2階建てで、1階部分でもリクトの自宅より3倍以上は広い。大勢の村人が入って談合したり、宴会を開いたりすることもある。
長の家からは温かな光が漏れ出していおり、窓の中を覗くとそこには大勢の笑顔が見えた。ここで本当のことを言わなくてはならない。今まで会った人に伝えればよかったが、みんなの前で言うべきだろうと、リクトは決めていた。
扉の前まで行くと、人々のざわめきが聞こえる。扉にノックする。すぐに扉が開いた。どうやら、リクトが来たことをわかったいたようだった。
「リクトか、よく来た。早く入れよ」
先ほど家に来た長身の男性が迎え入れてくれた。
家の中はストーブで暖められた空気が満たされており、リクトの身体を優しく包んだ。大きなテーブルが部屋の中央にあり、十数人の村人が席に着いている。そのテーブルには、鳥の丸焼きに、ミルクを使ったシチューに、山盛りのパン、ぶどう酒までが並んでいる。ここまでのご馳走は今まで見たことがない。
筋を通すつもりでいたが、もっと早く言うべきではなかったかと、自分を責める。リクトの心は針で刺されるような痛みに苛まれる。
「何をぼーっとしておる。今日の主役はお前だ。早くこっちにこい」
リクトはそのままの場所で、頭をさげた。
「申し訳ありません」
リクトの大きな声に、部屋中の声が消えた。部屋中の視線を集めている。
頭をさげたまま、リクトは話を続ける。
「お金を持ってくることはできませんでした」
静まり返った部屋に、ストーブで燃える薪が音をたてていた。
「どういうことだ……」
誰かが言った。
「無実の罪を着せられました。みんなが作ってくれたものは壊されて、僕は投獄されていました。ですから、お金を持ってくるとはできませんでした。ごめんなさい」
部屋がざわめきだす。リクトの言葉の意味が分からずに、困惑しているようだった。
頭をあげる。すべての視線がリクトに注がれている。
「お金は……?」
「ありません」
「俺たちが作ったものは?」
「壊されました」
確かめるように質問が繰り返される。その声はまだ半信半疑といった風だった。
「ふざけるな!」
怒声が飛んだ。
「どうするんだよ! お金がないとこの冬は越せないぞ!」
その一言が口火を切った。次々に罵声があびせられる。
「村のみんながどれだけ苦労したと思ってる!」
「何しに帰ってきたんだ!」
「今まで何をしてたんだ! 別の方法で稼いできたらどうだ!」
「家族にどう説明したらいいんだ!」
部屋の中が騒然とする。
リクトはじっと立ったまま。言われるがままにしていた。急に飛んできたものが頭に当たり、ひどく痛んだ。
「何をしに行った! どれだけ苦労してお前を王都へ向かわせたか、わかっているのか!」
頭にぶつけられたのは、ぶどう酒が入った木製のカップだった。リクトはこぼれたぶどう酒によって濡らされてると、ぶどうの濃い臭いが鼻をついた。
それを投げたのは、白い髪と白い髭をしたこの村の長であり、リクトが村を出るときに送り出してくれた人物だった。、
「こんなところで、恩を仇でかえされるとは思わなかったわ! 行くあてのない母とお前を受け入れたのは、間違いだった!」
その言葉に、リクトの目が見開かれた。
「そうだ! どれだけお前たちの面倒を見たと思っている!」
長だけではなく、他の人も後に続いて言葉を放つ。
「大体、俺は反対したんだ。よそ者を村に入れるのを!」
「なんだよ! あの時は受け入れることで決まっただろ! 自分だけそんなこと言うのか!」
「どうして、こんな奴を王都に向かわせたんだ!」
「母親だけにとどまらず、息子にまで迷惑をかけられるなんてな!」
「そんなことより、どうやって冬を越すんだ! 口減らししないと、食料が足りないぞ!」
リクトを前に、言い争いが始まった。そんな様子をじっと見つめて立ち続けていた。
「おい、お前のことだぞ! 何か言ったらどうだ!」
背の高い男性がリクトの胸倉を持ち上げる。強く気道を締め付けられる。
「僕から言えることは、他にありません。無実の罪で捕まって、お金を稼ぐこともできませんでした」
男は怒りのためか、リクトを掴む手を震わせてる。
「おかしいと思っていたんだ! こいつの服は随分とみすぼらしいし、傷だらけだ。俺たちをぬか喜びさせて、さぞいい気分だったろうさ!」
拳を振り上げた男は、そのままリクトの顔面を殴りつけた。吹き飛んだリクトは、背中を扉にぶつけてその場に崩れ落ちた。
「出て行けッ!」
長の大きな声が聞こえた。
「お前は疫病神だッ! もうこの村に二度と来るなッ!」
床に座るような姿勢になったリクトを男はもう一度持ち上げる。扉を開けた男は、そこから家の外へを投げ捨てた。
地面に倒れると、家の扉が閉まる音が聞こえてきた。追い出されたリクトは立ち上がる。再び冷たい風が吹きつけてきたので、痛む身体をかばうようにして歩き出した。
どこへ向かうか決まっていなかったが、とにかく長の家から遠ざかろうと歩いた。
徐々に近づいてくる光があった。誰かがランタンをかざして、こちら見つめてくる。
「リクト? 今、村長の家から、凄い音が聞こえてきて……嫌な予感がしてやってきたの」
声の主はハルカだった。
ランタンの光が眩しかったが、目を細めながら彼女の方に顔を向けた。久しぶりに見た彼女の顔は酷く苦しそうだった。何故、いつものような笑顔でないのか、残念だった。
「……ねぇ、一緒に家へ行こっか。きっと、その方がいいと思う」
ハルカの肩を借りて、自宅へ向けて歩き始めた。長の家では一発殴られただけだったが、ひどく身体が重く足もろくに動かなかった。そんなリクトを気遣ってか、彼女は何も聞いてこなかった。
自宅に到着する。ハルカが持ってきたランタンによって、部屋の中は明るくなり、その様子が見えるようになった。古ぼけた誰も住まないような小屋だった。
彼女は椅子に座らせてくれた。彼女は正面に立つと、手に触れてきた。冷え切っていた手に、彼女の手は温かく感じた。
「酷い……。辛いことがあったんでしょ?」
彼女が触る手の指は三本。彼女の指と数が違う。何かに気付いたのか、彼女はリクトの服をめくってその中を覗いてきた。痛みを受けたような小さな声が聞こえた。
「大変だったね。何も言わなくていいから……」
彼女が抱き締めてくれる。冷えた体にはとても温かく感じた。彼女の目からこぼれた水滴で服が濡れた。どうして、彼女が泣いているかわからなかった。
彼女は何も悪くないし、痛みもないはずだ。自分はといえば、何も感じていなかった。
「そうだ。お腹空いてるよね。ちょっと準備するから待ってて」
彼女は身体を離すと、台所に向かった。ほどなくして、薪の燃える匂いが漂ってきた。台所に視線を向けると、鍋を火にかけていた。
部屋も暖まってきて、野菜が煮える音と匂いも充満してきた。
「お待たせ。乾燥させてた野菜と、干し肉を煮ただけのものだけど、食べてみてよ」
木製のお椀を持ってきた彼女はスプーンで中の汁をすくうと、口もとへもってきてくれた。何をしてくれているのかわかるのに、うまく身体が動かない。
「あ、もしかして、水が気になった? 大丈夫、いつも水を汲んでたから、傷んでたりしてないはずだから、安心して」
少し口を開けると、スープを注ぎ込んでくれる。とても、熱く、甘い、スープだった。
温かいものを口にするのは、いつぶりだろうかと、考えてしまう。随分と長い間、無縁だったような気がした。
スプーンを受け取ろうとするが、今の指ではうまく扱えそうになかった。彼女もスプーンを渡すつもりはなかったようで、手を押さえてきた。
「ふふふ、美味しかった? あ、ちゃんとした食材があったら、もっと美味しいもの作れるんだからね。こんな程度だと思わないでね」
彼女の笑顔が見れてよかったと、リクトは思った。目を閉じると、乾いていた瞳が潤ってきてるのを感じた。
「疲れたでしょ。今日は寝たほうがいいよ。こんな夜遅くに家から出るのは危険だから」
彼女は使い終わった食器を洗い始めた。その音を聞きながら、目を閉じた。すぐに眠気に襲われ、意識がゆっくりと薄れていくのを感じた。




