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第32話

 地下の牢獄に入れらてから、どれだけ時間が経ったのかわからない。常に縄で吊られており、苦痛が途絶えたことはない。眠ることは許されることはなく、心が安らぐ時間はまったくなかった。身体も心も限界を超えていた。もう、いつ死んでもおかしくない状況にさらされている。


 牢獄に響く足音が耳に届く。また、尋問の時間がやってきたのだ。これ以上、耐えて、いったい何の意味があるのだろうか。嘘でもいいから、スパイと認められれば、楽になるのではないか。リクトははっきりとしない頭でそう考えていた。


 牢獄の鉄格子が開く音が聞こえる。また、あのあざ笑うかのような青い瞳と、乱れたアッシュブロンドの髪をした尋問官を見ることになると、思っていた。

 だが、視界に入ってきたのは、薄い青色の長い髪。真っ白な肌をして、作り物のように整った顔。


「リクト、助けにきたよ」


 ファストの声が聞こえた。

 視界はかすんで、誰なのかははっきりと認識できなかったが、この声は間違いなかった。首を動かして声の主を見ようとする。首が痛んでそれはできなかった。


「今、下ろしてあげる」


 ファストが近づいてくる気配がする。それはいけない。


「……駄目だ……ここを……離れる訳には……」


 自分の身の潔白を晴らさなければならない。ここで逃げるわけにはいかない。逃げてどうなるというのかわからない。ここで故郷への仕送りを懇願するしかない。


「リクト! 本当にもっとよく考えて。本当にここにいればいいの?」

「……どういう……ことだ?」

「命令違反に、敵前逃亡。もう、火刑になるのは免れない。ここにいても死ぬだけよ」


 心細く小さくなっていくファストの声が耳に届いた。リクトもその可能性は充分にわかっていた。それでも、自分にできることはこれだけだと思い込んでいる。故郷にしてやれることは、これだけだと。


「ハルカさんに会いたくないの?」


 ハルカという名前にはっとする。以前、ファストに似ていないと教えた女性の名前。寝ぼけて口にしてしまった女性の名前だった。


「ここで死んでもいいの?」


 いいわけがない。村を救うのは、彼女もいるからだ。このままでは、彼女に会えないし、故郷は自分が帰ってくるのを待っているはずである。覚悟を決める時がきたのかもしれない。ここで死ぬか、逃げ出すか。判断を下すのは今しかない。


「……縄を……解いてくれ……」

「わかった」


 リクトを支えていた縄が解かれ、地面に落ちた。顔面から落ちたが、痛みを感じない。床の冷たい感触、体重をあずけられる感覚。すべてがもう二度とかなわないと思っていたことだった。


「酷い……」


 倒れたリクトを見たのか、ファストが呟いた。リクトからは、どうなっているのかわからないが、ずいぶんと痛い目に遭わされたので、そう見えるのかもしれない。

 手足を使って起き上がろうとするが、力が入らない。特に左腕は動く手応えがない。右手を地面につけて少しでも地面から離れようとした。少し身体が上がったところで、力尽きてまた地面に倒れてしまった。

 そんなリクトを見て、ファストが身体を支えておきあげらせてくれる。両足に力が入らない。自力で立つことは難しかったが、地面に座ることはできた。

 喉の違和感から、何度も咳をした。少し楽になった気がした。


「ありがとう。助けてくれて」


 ようやく、素直に口にできた。再び足に力を入れる。奥歯を噛みしめ、足に集中して、力をこめて立ち上がろうとした。不思議と、身体は持ち上がり、自分の足で立つことができた。まだ、震えているが、それもすぐにおさまるだろう。


「歩けそう?」

「大丈夫だ。問題ない」


 リクトは牢屋の鍵を受け取ろうと、手を差し出す。そこで、自分の指が何本か切られていたことを思い出した。この指では細かな作業はできそうにない。

 渡そうとしたファストもそれを覚って、鍵を持っていた手をさげた。


「どっちから来た? 研究所か?」

「そうだけど、どうするの?」

「考えがある。一度戻ろう」


 リクトは先んじて歩き出した。痛みをこらえて牢屋から出た。その後をファストがついてきた。

 牢屋からつながっている下水道に入る。あいかわらず、濁った水から腐臭が発せられている。以前より、水に沈む『何か』が増えているような気がした。


 灯りが全くないので、壁伝いに歩いて行く。ファストは迷いなく歩ているように見える。前にマナ人間はマナを感じることで人間よりよく見えるのだと聞いた。だから、真っ暗な地下道を通って研究室から牢屋に来ることができたのだろう。


 研究所に続く脇道のたどり着く。鉄格子がその道を閉ざしているはずだが、ファストが通ってきたのだから、鍵は開いているに違いない。鉄格子を開けようとすると、難なく開けることができた。


 脇道に入ると、小さな光が見える。研究所の光だ。

 2人はそのまま進み、マナ人間研究機関に帰ってきた。久しぶりに見た光にリクトは安心した。今まで緊張していた心がほぐされたように感じだ。

 見覚えのある棚に囲まれた部屋。その隠し扉の向こうには、実験室があるのだが、今は余計な事を考えるのをやめた。


「マーズスはいるか? あいつに話があるんだが……」

「……わからない。鍵を見つけて、助けに行くことで頭がいっぱいだったから」


 研究所は静かだった。耳が響くくらい無音だった。誰かがいるように思えない。ひとまず、いつも3人がいた生活スペースへと移動する。

 ここにも、人気はない。センドかサッドがいれば、声をかけてこないわけがないのだが、今はいないようだ。ファストはどこか不安げな顔をしていたが、リクトの後をついてきていた。

 この部屋には工場へ通ずる鉄の扉がある。そこを開けようとするが、鍵がかかっていた。ならば、ファストは工場から来たわけではなさそうだ。彼女の顔を見ると、やはり不安を抱いているようだった。


「ファスト、鍵を……」

「うん」


 鍵を解除してもらい、鉄の扉も開けてもらう。

 工場の中に入るが、やはり物音ひとつしない。やけに不気味だが、こちらにとっては都合がいい まず、リクトがやって来たのは、試験型マナ重機が置いてある場所だった。そこには、黄色いマナ重機と緑色のマナ重機がしゃがんでいた。センドとサッドは無事に帰ってこられたということに、胸をなで下ろした。

 1号機の置かれてた場所には造りかけのマナ重機が座っていた。これでは、役に立たない。そう判断した。


 次に、ファストと共に工場の奥へと進んでいった。

 足を止めたのは、赤いマナ重機の前だった。工場内には思った通り、幾体もの量産型のマナ重機が並んでいた。リクトはよじ登り、縦席に座って思い出す。マナ重機を動かせるのは、マナ人間だけである。


「ファスト、こっちに来てくれ」


 リクトの言葉にファストもマナ重機をよじ登って、操縦席までやって来た。


「頼みがある。助けてもらった恩があるのに厚かましいとは思うが、一緒に逃げてくれないか? 力を貸してほしい」


 ここから逃げるのには、彼女の力が必要だ。マーズスと出会えなかったので、もう、この方法しかない。ファストにマナ重機に乗ってもらうのだ。そうすれば、ここから逃げ出す算段はつく。


「うん。もとから、そのつもりだった。一緒に行こう」


 ファストは操縦席に乗りこんでくると、リクトの膝の上に座った。そして、操縦用のレバーに手を乗せた。その意図を理解して、彼女の手の上に、自分の手を置いた。

 マナエンジンが動き出す軽い振動を感じる。


「ありがとう。君は苦労をかける」

「知ってた」


 リクトはレバーを動かしてマナ重機を動かした。



 工場から出てすぐに城壁が見えてくる。本来ならカーゴが発進する場所であるが、それとは逆の方向に城壁がある。城壁に工場から運んできた2機のマナ重機を城壁立て掛けていた。


「どうするの?」

「ちょっと、壁を壊すだけだ」


 マナ重機を運び出した後、リクトの乗るマナ重機に、マナライフルと鉄製の盾を持たせた。

 城壁の前に置いたマナ重機に、マナライフルの銃口を向ける。それから、引き金を引いて射撃した。狙いはマナエンジン。何度も打ち込むと、炎上しはじめる。2機のマナエンジンを撃ちぬいてから、さらに弾丸を撃ち込むんでく。

 マナエンジンが大爆発を起こし、周囲に爆風をまき散らした。リクトも盾をかまえた状態で爆風に耐える。

 風がやむと、城壁の一部が壊れ、崩れていた。


「早く行こう。この大爆発に無反応ということはない」


 リクトはマナ重機を操作して、大破したマナ重機を乗り越え、崩れた城壁をよじ登る。王都の城壁を越えて、ようやく外に出ることができた。


「リクト、行き先は……」

「ああ、もちろん、故郷のハジクシミだ。結果はどうあれ、現状を報告しないとな」


 王都セントロタスを抜け出し、2人はハジクシミへと向かう。

 追手が来る前にこの場から去らなくてはならなかった。

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