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第30話

 リクトはファストと林の中を歩いていた。

 森と比べて、木の枝から差す光で明るく、樹木そのものが細いこともあって見晴らしがいい。人が隠れることができるほどの木はほとんどないため、敵兵の奇襲に怯える必要もない。

 木の枝を踏みつけながら、先に進む。


「……方向はあってる? 1号機に乗っていないと、どこに行けばいいのか、わからない」


 不安そうにしているファストとは違い、リクトは正面を向いたまま迷いなく足を進める。日の差す高さと影の方向で、ある程度目星がついていた。


「この程度の林なら、田舎で歩きなれている。道案内は任せてくれ」


 村の近くにある森に入り、狩りをすることはよくあった。だから、林の中であっても方角を見失うことはない。

 2人ははぐれないように、手をつないだままだった。まだ不安なのか彼女が手を強く握ってきたので、その手を力強く握り返し引っ張っていく。

 かなり歩いた2人は林から抜け出していた。辺りは大きな岩が剥き出しになっており、その隙間を縫うようにして移動しなくてはならない。背の低い雑草が生えている為、先ほどの林より歩きやすい。

 先を急いでると、どこからか声が聞こえてきた。リクトはすぐに近場の岩に身を隠し、ファストを引き寄せた。ファストの口を手で塞ぎ、息を潜めた。


「こ……ところ……ると思うか?」

「はぁ……なん……んなと……まで来なく……ならんのだ……」


 耳に届く声は2人分あるが、まるでやる気を感じない。このまま岩陰にいれば、何の問題なくやり過ごせるだろう。

 ちらりと、ファストの方を見る。シャツに上着、それしか身につけていない。靴もサイズが違うので、履かせることができていなかった。そこで、リクトは行動を起こすことにした。


「ファスト、君はここでじっとしているんだ。何があってもだ」


 何か言おうとする彼女を残して岩陰から出ると、岩の間を進んで声の主を探す。

 それは、ほどなくして見つかった。軽装の帝国兵士が2人で武器は槍しか見当たらない。リクトはさらに近づくが、2人はまだ気づいていない。

 リクトは岩陰から飛び出して、帝国兵へと襲い掛かる。ひとり目には飛び蹴りを、もうひとりは首を極めて窒息させる。起き上がろうとする兵士を止めと、頭をボールのように蹴ってから、こちらも首を極めた。

 一時的とはいえ、無力化できたので、早速行動を始めることにした。



 兵士の装備一式を持って、リクトはファストのもとへ戻ってきた。迎えてくれるファストの顔は随分と不安そうに強ばらせていた。

 戻ってきてすぐに、装備を加工し始める。靴の底と布を組み合わせてファスト用の簡易的な靴を、ズボンを短くそろえて彼女に履かせる。最後にシャツを着こんだ。


「大事をとってここからここから離れよう。靴の調子も確認しないとな」

「危ないことはしないで、お願いだから……」


 岩陰を移動して充分に距離をとって、再び大きな岩の陰へ身を隠す。そこで、リクトは皮製の水筒をファストに手渡した。


「喉は乾いていないか? あいつらから頂戴してきた。非常食もある」

「うん、ありがと」


 ファストは水筒に口をつけて少し水を飲んだ。マナ人間とはいえ、ある程度の水分はあった方がいい。そう思っていたので、彼女が水を飲んだことがリクトは嬉しかった。

 リクトはしばらくろくな食べ物を口にしていなかったので、小麦を固めたような非常食を齧って胃の中を満たす。

 ここで少し休むことにした。

 ずっと緊張状態が続いたことや、昨夜は眠れないことで、リクトの疲労はピークに達していた。重くなる瞼を開けていることができずに、ついに、閉じてしまった。



 唐突に、目が覚めた。

 どれだけ寝てしまったのか、確認するために、岩の外を見る。太陽は沈み、辺りは暗くなっていた。月の明かりで地面を見ることができた。何事もないようで、ほっと胸をなで下ろす。

 リクトの隣で丸まって寝ているファストが見えた。

 マナ人間は眠らない。以前、センドとサッドに聞いたことだ。ファストは特別で、マナの消費をおさえるために眠るのだそうだ。ここで丸まっているのはマナ不足だからだろう。早く本陣へたどり着き、マナの実の殻を手に入れなくてはならない。そう思い、胸の前で手を強く握った。

 翌日、太陽が昇ったのと同時に、岩陰を出て先を急いだ。



 岩場を抜け、平地へとやってきた。本陣はこの近くのはずだ。

 ファストの口数が極端に減った。体内にあるマナがもう少ないのかもしれない。詳しいことはリクトには分からなかったが、そんな気がした。

 平地を進むと、また人の声が聞こえてきた。リクトはその場でうつ伏せになって、ファストも屈ませる。その声の主を探して目を凝らすと、王国軍の装備一式をまとった兵士が2人いた。

 友軍であるとわかると身体を起こし、ファストの身体を担いで友軍のもとへ歩いて行った。友軍は味方であると疑うこともしなかった。

 リクトは兵士のすぐ傍まで近づく。


「誰だ、貴様?」

「試験部隊の隊長、リクトです。本陣へ案内してもらえないでしょうか?」


 兵士はお互いを見合うと頷いた。次には槍を交差させて、リクトの首を絞めてきた。突然のことに驚き、抱えていたファストを放してしまった。


「ど、どういうことですか?」


 2人の兵士はリクトを睨みつけてくる。何もわからないまま身動きができなくなった。


「試験部隊……貴様には、命令違反、敵前逃亡、スパイ容疑がかかっている。おとなしくついてこい」


 リクトはそのことに愕然とした。

 ここまで逃げてきたというのに、ここでは罪人にされてしまうのかと、力を失った。

 槍で取り押さえられ、身動きができなくなってしまった。少し視線を動かすと、倒れたままのファストが視界に入ってきた。彼女にはもうマナが残されていないのだろう。このまま放っておいたら、死んでしまうに違いない。


「頼みがある。こっちのマナ人間に殻をあげてやってはもらえないか」


 リクトを拘束する力が強くなる。


「それを決めるのは、俺たちじゃない。おとなしくついてこい」


 奥歯をぐっと噛み締めて、連行されることを選んだ。ファストには早急にマナの実の殻が必要だった。たとえ逃げたとして行くあてもない。陳情すれば、わかってもらえるかもしれないと、そんな甘い考えをしていた。



 司令部に連れていかれた後は酷いものだった。

 尋問という名の暴力で、リクトは打ちのめされた。いくら陳情しようとも、誰も聞く耳を持たなかった。帝国の兵士から何度も蹴られたのは耐えることができたが、ここはそれ以上だった。道具を使われるとその痛みは増幅される。

 ある程度痛めつけられてから、リクトは捕虜を逃がさないように使うであろう檻に入れられた。

 檻の中には既にファストが入れられていた。ぐったりと倒れたまま動かない。リクトは近づくと、彼女を抱きかかえた。


 翌日、2人の入った檻はカーゴに載せられた。鎖で繋ぎとめた雑な方法だったが、カーゴから落ちようが、中身がどうなろうが、関係ないのだろう。

 檻の中で、ずっとファストの様子を見ていたが、目を覚ます様子はない。このまま死んでしまうのではないかと、それだけが気がかりだった。

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