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第29話

 じっと抱いていると、ファストの目がうっすらと開く。その顔を覗きこむと、それを手で押し返してきた。


「いやぁぁぁぁッ!!」

「ファスト、僕だ、リクトだ。目を覚ましてくれ」


 その言葉は彼女に届かない。

 リクトの腕の中で、彼女は暴れ出す。その抵抗は激しく、表情も悲痛なものになっていた。彼女はリクトから逃げようと押し退けてくる。逃れようとする彼女は、リクトの皮膚を引っ掻いてきた。痛みに顔が歪んでしまうが、そのままじっと耐えた。

 暴れ続ける彼女を手放して距離をとる。怯えるようにうずくまるが、先ほどのように叫んで暴れることはない。自分の無力を感じて、その場から移動した。



 リクトがファストから離れたのは、薪を集めるためでもあった。このままでは、寒さで共倒れになるかもしれない。

 さきほどまで降っていた雨によって、ほとんどの枝は使い物にならない。岩の下や、大きな木の下、洞穴など、濡れていない場所を探した。運よく、近くにあった岩によって作られた洞穴に倒木があった。昔、嵐か何かで木が倒れ、その上に岩が落ちてきたのだろう。

 リクトは何本か枝を拾ってから、ファストを寝かせた小川へと戻っていく。火をつけることができれば、一晩は過ごせるはずだ。

 小川に到着すると、急に誰かが抱きついてきた。驚いて、拾ってきた木の枝を落としてしまう。


「リクト! リクト! リクト! どこにも行っちゃやだ!」


 泣きながら、ファストが抱きついてくる。胸に顔をうずめて、大声をあげている。そんな彼女を抱いて、泣き止むのをじっと待った。

 やがて、彼女は泣き疲れて、大人しくなった。彼女はまだ鼻をすすっていた。


「もう、平気なのか? いや、平気なわけはないな。ひとまず、落ちついたのか」


 彼女はうなずいて答えた。さきほどより、抱きつく力が強くなっている。


「もう、離れたら、嫌だ……」

「薪も持ってきたし、ここにいるよ」


 泥で汚れたままの薄青色の髪をなでる。彼女をこんな状態にしてしまったことに胸が痛む。ファストと共に、大きな岩へと戻ってくる。裸のままの彼女に上着とシャツを着せた。


「今、火をつけるからな。そうすれば、すぐに暖かくなる」


 リクトは持ってきた木を燃えやすいように組んで、その下に拾ってきた枯れ葉を置いた。枯れ葉はなるべく乾燥したものを選んだので、火はつきやすいはずだ。

 その辺りで拾った石をぶつけて火花を散らすが、うまく燃えない。もともと、枯れ葉程度では燃えにくいのもあるが、石の品質が悪い。


「……私に任せて」


 ファストが両手をかざすと、枯れ葉が少し燃え始める。一度火がついてしまえば、あとは燃え広がるだけだ。


「どうやって火をつけたんだ?」

「マナ人間は、ある程度マナを操れる」


 よく意味は分からなかったが、火がついたのには変わりがない。少しずつ空気が暖かくなってくる。冷え切っていた身体に染みわたってきた。


「すぐに暖かくなる。すぐそこに川があるから、入ってきた方がいい。まだ、髪とか汚れてるだろ」


 そう言うが彼女は手を引っ張ってくる。見張りをしていないと、すぐに火が消えてしまいそうだ。ついていってやるわけにはいかない。

 彼女は少し寂しそうな顔をしたが川の方へと歩いて行った。シャツで拭いた程度では、汚れをとることはできなかったようだ。


 火を見守っていると、ファストが身体を洗う音が聞こえてくる。目の前で揺れるたき火を見つめた。こうなったのは自分の責任だと責め苛む。あの時、センドとサッドを逃すのに別の方法があったのではなないか。あの時は最善だと思っていたがファストを巻き込むことになってしまった。ひとりも欠けるなと言っておいてこの様である。手を握り血が出るほど奥歯を噛み締めた。自分のおごりがこの結果を招いたのだ。謝っても、謝りきれない。


 しばらくして、濡れた足音が近づいてきた。ファストはすぐにリクトの隣に座ってきた。身体が冷えているためだろう。


「冷たかっただろ。火も大きくなったし、すぐに温まる」


 もしかしたら、彼女には暖かい火は必要ないのかもしれない。敵に発見される危険もあったが火を焚いて身体を温めてあげたかった。自己満足だと、頭の隅で考えていたが、それでも、何もしないではいられなった。


「ねえ、リクトはどうして私を助けたの? 私を見捨てれば、ひとりなら逃げることはできた」


 彼女は真正面から見つめてきた。濡れた薄青色の髪が火の光を反射して、とても綺麗だった。


「前にも言ったが、君たち全員を助けたかった。この戦場から無事に脱出して欲しかった。でも、うまくいかないもんだな」

「だけど、こんなに怪我をしてる……」


 彼女がリクトの身体にある痣を軽く撫でてきた。軽い痛みを感じる。


「君に比べれば、どうということはないさ。そっちこそ、痛かっただろう。ごめんな、僕がもっとうまくできていれば」

「うん……」


 彼女が肩に頭をあずけてきた。リクトは彼女の好きにさせた。

 しばらく、2人でたき火を眺めつづけた。その間、言葉をかわさなかったが、彼女が話し始めた。


「……リクトはすごいね。小川まで私を連れて逃げてきたし、こうしてたき火まで用意できる。私はずっと、倒れていただけ」

「そんなことはない。ファストに火をつけてもらわなければ、何の意味もなかったさ。それに、このぐらい田舎に住んでるやつならだれでもできる。僕はただの田舎者だよ」


 それから、また無言で、たき火を眺めていた。

 いつしか、隣から寝息が聞こえてきた。それは安らかなものに感じた。悪夢にうなされるのではないかと、心配していたが、その必要はなかったようだ。

 そんな彼女の顔をじっと見つめた。



 それからしばらくして、隣で寝ていたファストがもぞもぞと動き出した。たき火で乾かした上着とシャツをかぶせておいたので、体調を崩してはいないはずだ。

 目が覚めたのか、上半身を起こして、リクトを見た。


「……おはよう」


 彼女は眠たげな目をこすって、目を覚ました。背筋を伸ばすように両手をあげて、ゆっくりと横におろす。昨日、いろいろあったせいで、身体が痛いのだろう。ゆっくりと眠れるベッドがあったわけでもない。


「ああ、おはよう」


 そんな彼女を見ながら、返事をする。よほど疲れていたのか、彼女が目を覚ました時には、日が高く昇っていた。

 この林にやって来てから、誰かが近くにきた様子はなかった。無事に逃げきれたようだ。しかし、いつまでもここにいるわけにはいかない。早々に本陣へ向けて出発しなくてはならない。


「リクトはちゃんと眠れた? 痣がいっぱいあったけど」


 痛みは大したことはなかったが、たき火を見張る必要があった。火を消さないようにしなくてはならない。それに、敵兵に見つかった時に、すぐ動けるようにしなくてはならない。


「痛みは大したことない。それより、出発の準備をしよう」


 すでに灰になった薪を見てそう言った。

 リクトは川からくんできた水を灰にかけた。これで、こちらの準備は終わった。

 ファストを見ると、シャツと上着を着こんでおり、準備はできているように見えた。彼女はこちらをじっと見ている。


「何か食べるものない?」


 リクトはマナ人間の食べ物をひとつしか知らない。思いついたように、ズボンのポケットに手を入れると、ほんの少しだけ残っていた。


「もっと早く気づけばよかった。ごめん」


 彼女にマナの実の殻を食べさせる。カリカリと齧った後に、ごくりと飲みこむ音が聞こえた。これで、彼女も楽になったに違いない。

 リクトはファストに向けて手を差し伸べた。


「さあ、行こう。みんなが待ってる」


 その手をファストが掴んだ。


「うん。一緒に行こう」


 2人そろって、歩き出した。

 向かう先はヘリマアウント本陣。そこには友軍がいるはずである。そこまでたどり着けば、王都に戻れる。そう思っていた。

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