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第28話

 リクトの目の前で、ファストは複数の兵士によって仰向けに押さえつけられていた。リクトは助けようと身体を動かすが、縄で縛られており、身動きがとれない。必死に全身を動かして抵抗し、手で結び目を探して縄をほどこうとする。


「助けて! リクト!」


 彼女はこちらに手を伸ばし、助けを求める。その手を取るために手を伸ばしすが、それはかなわない。大声を出して抵抗しても、まともな言葉にならない。


「なんだ、このマナ人間。随分と人間らしいことをいうじゃねぇか」

「それに、この顔。ただのマナ人間じゃあねぇようだ。へへっ、そそるぜ」


 兵士のひとりがファストに覆い被さる。ファストは手で押し退けようと抵抗するが、力の差があり過ぎた。その行為は無駄に終わってしまう。

 リクトは絶えず大声を出して抵抗する。それを鬱陶しく思ったのか、近寄ってきた兵士に腹を蹴られる。肺の中の空気がすべて吐き出されてしまった。すぐに大きく息を吸い込むと叫ぶのを再開する。兵士は何度も蹴りを入れるが、決してやめなかった。


「――――――!!!」」


 女性の絶叫が聞こえた。その声はあまりにも酷く、ファストの声からかけ離れていた。彼女の声だとすぐに理解することができなかった。

 ファストよりはるかに大きな体が彼女を押しつぶす。彼女は泣きわめき、必死の抵抗を見せたが、無意味だった。

 恐怖と苦痛に歪む彼女の顔が見える。もう、こちらを見ていない。リクトはその姿を目を見開いて見続けた。目を逸らすわけにはいかなかった。彼女がこのような目に遭っているのは、自分のせいなのだから。彼女を助け出すまで、目を離すわけにはいかない。

 ひとり、またひとりと、兵士は順番にファストへ覆い被さる。いまだにうるさく叫ぶリクトへ他の兵士が蹴りをくわえる。それは、長い時間、行われた。



 いつしか、ファストの声は小さくなり、兵士の激しい呼吸だけが耳に届く。こちらに差し出されていた手も、今は力なく地面に放りだされている。

 兵士が動くたびに彼女の小さなうめき声が聞こえてくる。その様子に、リクトの胸が潰されそうになる。彼女がこのような目にあう理由がわからない。ただ、マナ人間であるということなのか。人間なら、こんなことにはならなかったのではないか。

 以前、上官から聞いた言葉が脳裏に浮かぶ。『戦場処理』。つまりは、目の前に繰り広げられることをやっていたのだろう。

 リクトは叫ぶ、この世のすべての理を、人間という業の深い存在を否定するかのように。



 リクトが叫び続けたせいか、辺りにいるのは、ファストに覆い被さっている兵士だけになっていた。そのころになって、ようやく今まで身体を縛り続けていた縄の結び目をほどくことができた。

 手足と縄をほどくと、大声で叫びながら、兵士の頭を蹴とばした。倒れた兵士の首を踏み潰した。折れるまで念入りに踏み続けた。

 リクトは上着を脱ぐと、地面に倒れていた泥で汚れた裸のファストにかぶせた。彼女の目は開かれていたが、光はなく、どこを見ているのかもわからなかった。

 彼女を抱きかかえ、リクトはその場から逃げ出した。しばらくは大声を出していたが、呼吸が難しくなったので、叫ぶのを止めた。

 必死に走って、足を動かして、逃げ続けた。蹴られた腹、叫び続けた喉、走る足が痛みで悲鳴をあげてくる。そんなものは、無視してリクトは走り続けた。もっとも痛かったのは、抱えているファストの心のはずだった。それを思えば、自分の苦痛など、気にならなかった。

 遠くから、兵士たちの声が聞こえる。リクトたちが逃げ出したことを知ったのだろう。その声は遠くから聞こえ、こちらに追いつくには時間がかかると判断した。だから、足を動かし続ける。

 ずっと走り続けると、声が近づいてくる気配が消えた。おそらく、こちらを見失ったのだろう。だからといって、安心することはできない。すぐそばにある木の影から、突如、別の兵士が現れるかもしれない。

 リクトはがむしゃらに、逃げ続けた。



 ついに、森を抜けた。空は黒くなっており、地面を照らす月が頭上にあった。そこでようやく、リクトは足を止めた。

 抱きかかえたファストは眠ったように動かない。それがよい夢であると願うが、おそらくそうではないだろう。

 森を抜け出したばかりだが、リクトは再び木が伸びる林に入っていった。森の木より背が低く、幹も細い。月の光も届くため、足元もよく見える。

 帝国の兵士から身を隠すという理由もあるが、耳が音を拾っていた。まだ遠くだが、間違いない。リクトはさらに林の中を進む。この辺りには雨があまり降らなかったのか、歩くたびに落ちていた枝が折れる音が聞こえる。


 頭上の木の葉がなくなり、開けた場所にやってくることができた。

 岩に囲まれた隙間を流れるような川があった。リクトが目指していたのは、この小川だった。かすかに聞こえる水の流れる音をたどってきたのだった。

 あたりを見回して、大きな岩を探す。少し歩くと、人ひとりが横になれるサイズの岩を見つけた。その上にそっとファストをおろすと、そのまま寝かせた。

 横になっている彼女は、全身が泥で汚れて、とても見ていられない。小川に向かい、着ているシャツを脱いだ。冷たい風に当てられて、身体が震える。

 自分の身体に無数に痣が残っている。何度も蹴られたのだ、この程度で済んだのは運が良かったのだろう。

 脱いだシャツを川の水にさらして、濡らす。そのシャツを持ったまま彼女のもとに戻ってくると、身体を拭いた。シャツが汚れる度に、川に向かいシャツを洗う。それを幾度か繰り返して泥を綺麗に拭き取った。だが、彼女から泥の臭いをとることはできなかった。


 綺麗になった彼女の手を握る。青白い小さな手。その手はまったく熱を持っておらず、冷たかった。もう死んでいるかと思うほどだ。それでも、彼女の胸は上下している。まだ、生きているはずだ。

 彼女を抱き締める。それは氷の塊のようで、こちらの体温が奪われていく。このままでは風の冷たさとあわさり、自分も同じように冷たくなってしまうのではないかと思ってしまう。それでも、彼女をはなさないことを決めた。


 上着だけでなく、シャツもかぶせた。湿っているとはいえ、何もないよりはましだと考えた。

 長い間、抱いていると、彼女の身体がかすかに動いた。今まで死んだように変化のなかった顔が、苦痛を受けたように歪んだ。泥がついて汚れていた髪とともに頭を腕に抱いた。

 嫌がるように動く彼女を、抱いて動きを押さえた。動き始めたことに、命の心配はなくなったと思う反面、嫌な思いをしている彼女を悲しく思った。

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