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第27話

 燃える森に雨が降ってくる。久方ぶりの雨に、燃えていた木の火の勢いはなくなり、いずれ消えてしまう。

 木から落ちた葉が落ちて重なった腐葉土が雨を吸って柔らかくなっていく。火で暖められていた空気は水によって冷まされて、徐々に冷たくなっていく。


「……ここは?」


 顔に当たる雨の冷たさに、目が覚める。身体を起こそうと動かすと、鈍い痛みが走る。何が起きたのか、リクトは全く覚えていない。

 視線を動かして、辺りを探る。自分は木の根元に倒れている。そこでようやく、自分が森の中にいることに気づく。

 リクトが倒れている場所から離れた場所に、鉄の塊が放置されている。焼け焦げ、赤い鉄が剥き出しになっている。ところどころに青い塗料が残っており、先ほどまで登場していた1号機だとわかった。

 頭の中が急に冷静になり、痛む身体で立ち立ち上がる。リクトは辺りを見まわすと、離れた場所に倒れている女性がいた。

 青く長い髪をした女性はには見覚えがある。さきほどまで一緒に1号機に乗っていたファストだった。

 すぐに駆け寄ると、彼女の身体を持ち上げる。


「おい! ファスト! 起きろ!」


 身体を少しゆすると力が全く入っていないことがわかる。リクトはすぐにゆするのをやめた。

 雨によって身体は冷えているようだが、呼吸らしきものはしている。ファストは人間ではないので、もしかしたら呼吸ではないかもしれない。それでも、生きているのに違いない。

 軽く頬を叩いて、目を覚まそうとするが、反応はない。それも無理からぬことだった。つい先ほど前に、1号機を走らせ、マナライフルを撃ち続けていた。彼女の消耗は激しかったはずだ。

 一刻も早く身体を温めてやりたいが、この空模様では無理な話だろう。それに加えて、ここから早急に立ち去らなくてはならない。ここは戦場の真っ只中で、王国軍は敗北し、味方は残っていないに違いない。

 リクトはファストを背負う。彼女は驚くほど軽かった。そんな彼女に無理を強いてしまっていたことを後悔した。

 そして、この戦場から逃れるために、リクトは歩き始めた。



 撤退は予想を超えて困難だった。

 身体は爆風で木に叩きつけられた時の鈍い痛みがつき纏う。衣服は水を吸い、動きにくい。足下は枯れて腐った木の葉が土と混じり合い、どろどろになって足に絡みついてくる。歩いているだけで、息が上がる。

 それでも、この足を止める訳にはいかない。

 呼吸を乱しながらも先に進む。


「ん……」


 リクトの耳元でファストの声が聞こえた。すぐに声をかける。


「起きたか? 意識はあるか?」


 その声が聞こえたのか、背中の上の彼女がもぞもぞと動く。すぐに今がどんな状況なのか、彼女は理解したらしく、動くのをやめた。


「リクト……私は……」

「1号機の爆発に巻き込まれて気を失っていたらしい。どこか、痛いところとか、おかしなところとかないか」

「……うん。大丈夫」


 その言葉にひとまず安堵する。だが、その声は小さく弱々しい。いまだ危険な状態であることには変わりがなかった。リクトは彼女を背負いなおして、足を進める。


「もう歩けるから、降ろしてほしい」

「無理するな。君ひとりを背負うことぐらい僕でもできる」


 彼女の身体は微かに震えている。寒いのか、身体に異常があったのか、判断はつかなかった。それでも、背中から降ろすことはできないと判断した。それを理解したのか、彼女は何も言ってこなかった。

 しばらく森の中を進むと、雨がやんだ。空にはまだ分厚い雲があって、また雨が降ってくるかもしれない。リクトは今までと同じく足を進める。


「……リクト、センドとサッドは無事に逃げきれたかな」

「逃げきれたさ。僕たちがこんなになってまで時間を稼いんだんだ」

「何の根拠にもなっていない」


 聞こえてくる声が柔らかくなった気がする。ファストがぎゅっと身体にしがみついてくる。今まで心細かったのかもしれない。リクトは彼女の好きにさせた。


「2人はもう撤退し終わって、僕たちを待ってるよ」

「そうだといいな」


 不意に、話し声が聞こえてきた。その声は低く、男性のもののようである。ここになって、自分たちがどれだけの間、気絶していたのか、わからなかったことに気付いた。声が聞こえるということは、随分と長い間、気絶してたことだけはわかった。

 リクトは咄嗟に木の根元に身を隠して、息を潜めた。こんな戦場に、王国の人間がいるとは考えにくい。間違いなく、帝国の兵士だ。

 どういう理由で、戦場に来たのかはわからないが、タイミングが最悪だった。

 運悪く、その声はどんどん近づいてくる。こちらに気づいたのではなく、ただ歩くルートにいるだけなのだろう。息を殺して気づかれないことを祈る。


「リクト……」


 不安に押しつぶされそうな、ファストの声が聞こえる。さきほどより身体に力が入っていたので、抱きつく手を握った。濡れた腐葉土を踏みつける足音が近づいてくる。


「おい、マナ人間がいるぜ!」


 その声は、こちらを指していた。

 リクトは立ち上がると、全力で走り出した。捕まったら無事で済むとは思えない。見つかった以上、逃げる他はない。濡れた腐った木の葉に足をとられながら、足を動かし続ける。


「逃げたぞ! 捕まえろ!」


 すぐ後ろから声が聞こえた。

 話し声からして、相手は3人のはずだ。距離をとって、また木の影に隠れれば逃れられるかもしれない。リクトはそう考えて、さらに足を速く動かす。生える木々が何本も視界の外へと消えていく。

 心臓の鼓動が激しくなり、空気を求めて呼吸も荒くなってくる。もう、背負ったファストのことを考えていられなくなる。彼女は自発的につかまってくれているので、振り落としてしまうことはない。リクトのやるべきことは、早く遠くへ行くことだ。

 だが、運の悪いことに、前方からも声が聞こえてくる。数は2つ。

 進行方向を変えて走り続けるが、相手の方が速い。

 いくら足を動かしても、差は縮まる一方で、ついに、激しく後ろに引っ張られる。後ろを見ると、軽装の兵士がファストの肩をつかんでいる。走るスピードと、引っ張られる力で、つかまっていたファストの身体が離れていく。

 リクトはブレーキをかけて、なんとか止まったが、ファストは兵士によって押さえつけられている。

 何の言葉もなしに、リクトはいきなり兵士を殴りつけていた。兵士を吹き飛ばすと、ファストの手を取り、再び走り始めた。しかし、すぐにファストは足を滑らせて転んでしまう。

 そこに、先ほどの兵士がファストをつかまえようと手を伸ばしてくる。反転してその兵士を殴りつけようとすると、すぐ横から別の兵士がこちらを取り押さえに来た。拳は空を殴り、兵士によって横倒しにされてしまった。


「リクト!」


 ファストの悲痛な叫びが聞こえた。彼女に駆け寄ろうと、兵士を引きはがす。それから、1発殴って黙らせる。


「ファスト! 今行く!」


 ファストをつかまえている兵士をもう一度殴ってやる。すぐにファストを取り戻す。

 肩で呼吸しながら、また逃げようとするが、今度は追いついてきた3人が行き手を阻んできた。拳で黙らせようとするが、1対3ではうまくいかず、逆に殴られ、倒れそうになる。だが、なんとかこらえて、兵士のひとりを殴り飛ばすことができたが、他の2人に取り押さえられてしまう。


「このッ! 暴れんじゃねぇ!」


 殴られ、地面に倒れると、堅いブーツの踵で、リクトを蹴りつけてきた。腹を蹴られ、腕を蹴られ、足を蹴られ、顔を蹴られる。耐えることしかできずに、じっと頭を守って丸まっていた。


「止めて! リクト!」


 ファストの悲鳴が聞こえる。視線の先に地面に押さえつけられているファストが見える。だが、見ることしかできず、一方的に蹴られ続けた。

 耐えていただけだったが、隙を見て兵士の足をつかまえると、持ち上げて相手を地面へ投げ飛ばす。


「なんだ、こいつ!」

「くそッ! 押さえ込め!」


 3人がリクトへ殺到すると、今度こそ、身動きができなくなる。それでも抵抗したら、ついに両手、両足を縄で縛られてしまう。縛られて身動きのできないリクトを兵士たちが見下ろす。


「こいつ、王国の人間だぜ」

「何か聞きだせるかもな。殺すなよ」


 リクトに殴られて怒りを露わにしている兵士を、別の兵士が制止していた。身動きができなくなったリクトから、ファストに兵士たちが集まっていく。


「止めろ! 貴様ら! この、クソ野郎がッ!」


 口汚く罵ると、寄ってきた兵士のひとりに、顔面を蹴り飛ばされた。


「おい、話を聞いてなかったのか? 後で吐かせるんだ、口は別の方法で塞げ」


 兵士は布を使って、リクトにさるぐつわをつけた。もう、喋ることすらできなくなったリクトは、彼らのすることを見ているしかなかった。

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