第25話
『繰り返す、我々マーリナス王国軍はエルキャベータ帝国に対して敗北宣言を行った。ヘリマアウントの戦いで我々は敗北した』
1号機に備え付けられている通信機のスピーカーから男性の声が聞こえてくる。その声にリクトは聞き覚えがあった。仮設陣地にて報告をしていた上官だった。
その平静で起伏に乏しい言い方は、まるで何も意に介していないようであった。とても、敗北を告げるようなものとは思えなかった。その宣言は淡々と繰り返されている。
「どういう……ことだ?」
唐突なことに、リクトはその発言を受け入れられない。つい先ほど、勝利を収めたたばかりだというのに。何が起こっているのか理解できなかった。
「防衛ライン……」
ファストがぽつりと言う。
「ここではない別の場所で、防衛ラインを突破されたのだと思う」
思い返すと、リクトはヘリマアウントについての詳細な戦況を知らない。ここ数日で盛り返した戦線も一部限定的なものでしかない。戦略的には押されていらのかもしれない。
「だが、待てよ。上官は優勢だって――」
「そんなもん、戦争の常套句だろ。真に受けていたのかい?」
センドの言うことに反論ができない。ただ上官の言葉を鵜呑みにしていただけだ。実は何一つ知ってはいなかったのだと、思い知らされる。なら、どうするべきだったのか、その解答を出すことはできなかった。
『マーリナス王国軍は今より総攻撃をかける。1機でも多くのマナ重機を破壊しろ。繰り返す、マーリナス王国軍は今より総攻撃をかける。1機でも多くのマナ重機を破壊しろ』
通信機から流れる内容が変わっていた。その内容に、リクトは耳を疑った。総攻撃。敗北が決まったというのに、そんな命令が下された。もう終わったのではなかったのだろうか。
「なんだよ……なんだよ、この命令は!」
デリエルフォートレス撃破後のことを思い出す。無防備に迫ってくるマナ重機の数々。何度倒してもゾンビのように別のマナ重機が殺到してくる。
あの地獄の記憶が蘇った。心臓の鼓動が速くなり、呼吸も荒くなってくる。今度はそれをこちらがやるのだ。
「落ち着いて。敗北宣言は決して悪いことじゃない。人間がいる陣地に対して攻撃行為が禁止される。後退すれば人間が殺されることはない」
ファストの冷静な声に、リクトは頭に血がのぼっていくのを感じた。
「つまり、人間が逃れるために、マナ人間を犠牲にするってことか!」
操縦桿に手を叩きつけながら、リクトは叫んでいた。こんなことは間違っている。あってはならないことだ。
「何を怒ってるのさ。当然のことだろ。マナ人間が人間の犠牲になるのはいつものことじゃないか」
「そうだよ、センドの言う通りだよ。だいたい、戦争そのものが人間の代理でやってるんでしょ?」
リクトは強い憤りを感じた。戦争そのものにも、それを受け止めている彼女たちにも。間違っている。この世界は間違っている。強くそう思う。
「じゃあ、君たちは死ぬとわかって、敵機に特攻をかけるつもりか?」
「つもりも何も、そうするに決まってる」
「だいたい、そんなことをする意味はないだろう」
まるで場違いなことを言ってるように思われている。まるで、当たり前のことを聞かれたように、彼女たちは答える。
「いいかい、隊長さん。ここであたしたちが1機でも多くマナ重機を破壊すれば、次の戦場で敵の数が減るんだ。やらない手はないだろ?」
「そうだよね。マナ人間ってそういうものだし。いくらでも代えがきくしね」
彼女たちの言葉に血が通っているようには思えない。苦楽を共にした彼女たちは、もっと人間らしかった。こんな自らの命を差し出すようなことを言うとは信じられない。
「何を言っている! ここで死ぬつもりか!」
リクトは再び叫ぶ。怒りが心を突き抜けていた。もう正常な判断をすることはできない。だが、それでいいと思った。
「リクト、何を?」
「撤退だ!」
リクトの心は決まっていた。
「え?」
「は?」
「ええっ!」
周囲の空気が凍り付くのがわかる。
リクトはそんなことを無視して続けた。
「命令なんて、クソくらえだ! こんなところで死んでいられるか! 死者なんて出すものか! 全員、これより撤退を開始する!」
「え? だけど……」
「隊長命令だ! 嫌だとは言わせない!」
有無を言わせぬリクトの命令に、彼女たちは戸惑いを隠せない。
「お、おい、冷静になれよ、何言ってるのかわかってるのかよ!」
「僕は怒っている! 冷静になんてなれるか!」
完全にキレたリクトは目を血走らせて、木が乱立する景色を睨みつける。そんな様子を、ファストは後ろを向いて見つめていた。
「そうだよ……」
サッドがぽつりと言葉を漏らす。
「私もこんなところで終わりなんて嫌だ! 4人なら何でもできるって言ったばかりじゃん! みんな生きて帰ろうよ、みんなでいたあの部屋へ!」
王都にあるマナ人間研究機関、その1室。彼女たちが生活していた白い部屋に、サッドは帰るというのだ。その言葉で、雰囲気が変わり始めた。
「あーあ、そうだなー。隊長さんの命令じゃー逆らえないよなー」
センドもリクトの意見に賛同し始めた。
「サッド……、センドまで……」
「後は君だけだ、ファスト。生きてこの戦場を抜け出すぞ」
振り返り、リクトを見ていたファストの表情が穏やかになっていく。それを見てリクトも荒ぶる気持ちが収まっていく。
「仕方ない。リクトの命令なら、聞いてあげる」
ファストが前を向いて、計器を睨みつける。ここから逃げ出すためには、情報が必要だ。それをファストは集めている。
「どちらにしろ、私たちにはろくな装備は残っていないし。撤退しかなかった」
1号機は盾を失い、2号機のポールハンマーはひしゃげ、3号機はマナライフルを失っている。特攻をかけようにもかけようがなかった。
「よし、これで全員の意思が決まったな。試験部隊はこれより、ヘリマアウントより撤退する! 誰ひとりとして、欠けることは許さない!」
試験部隊の意思は決定さした。
これから、この燃える森を抜けるために行動を起こすのだった。




