第23話
目に射す光が眩しい。
薄く開いた目から光が見える。それで、ぼんやりと思い出す。自分が何をしていたのかを。
「はっ!」
リクトは目を覚ますと共に飛び上がり、周囲に目を配った。
辺りは木に囲まれ、いまだ森の中にいることがわかる。青い色の1号機が座っているのが見える。そこで、自分が操縦席にいないことに気がついた。
今まで何をしていたのか、自分の身に何が起こったのか、頭の中から抜け落ちている。全身は気だるく火照っているようで、頭もはっきりしない。風邪になった症状に近かった。
「あ! 隊長、目が覚めた」
元気のよい声が背後から聞こえたので、上半身だけで振りかえって見た。そこには、正座をした白髪の女性がいた。
一瞬、誰なのかわからなかったが、すぐにサッドであることに思いいたった。リクトはつい、サッドの顔を見つめてしまう。何が起こったのか、説明を求めようととしたが、彼女が手に持っている水筒をみて、ある程度は察することができた。
「すまない。看護してくれたのか」
「もう、びっくりしたよ。1号機が突然動かなくなっちゃったし、ファストの慌てる声が聞こえるし、まだ、戦場の真っ只中だったし」
サッドの説明はどうにも要領を得ない。もともとそんな感じだったので、リクトはしばらくサッドの話に耳を傾ける。
その話では、リクトは熱中症のような状態になり意識を失ったらしい。まだ敵に囲まれた状態だったので、2号機が1号機を背負って戦線を離脱。
ファストは1号機で引き続き索敵。センドは2号機で周囲を警戒。そして、サッドはリクトを看病していたという。
「どうだった? 膝枕。これは隊長へのサービスなんだから」
「……よく覚えていないが、足は痛くなかったのか?」
リクトの質問に、サッドは首を傾げていた。
サッドの反応にリクトは眉をひそめたが、自分が的外れなことを言ったと気づいた。マナ人間は丈夫にできている。マーズスに見せられたように、人間とは違う。自分の基準では相手をはかることはできない。
「膝枕は最高だったよ」
リクトはそう言いなおした。その言葉にサッドは飛んで喜んでいた。そんなサッドから水筒を受け取ったリクトは、水を口にふくみ、喉を潤した。
3号機に戻ったサッドが通信で、リクトが目覚めたことを伝えたようだった。
試験部隊は疲労の色が濃く、これ以上の行軍は無理だとリクトは判断した。何より、隊長のリクトがこの様である。先に進むのは自殺行為だった。
交代が来るまでその場で待機していたが、燃える空に黒が差してきたので、勝手に後退をはじめた。ここで交代要員を待っていても、それがやってくることはないと、リクトは判断した。
ファストに交代用のカーゴがいる位置を確認してもらいながら、森の中を進む。いまだに乱戦は続いており、いつ敵が現れるかわからない。木が燃える光で明るいとはいえ、辺りは夜の闇に包まれており、木々の間は暗く見えにくい。そのため、慎重な行動が求められた。結局、試験部隊は交戦することなくカーゴに到着した。
試験型マナ重機をすべてカーゴに乗ったことを確認してから、リクトはカーゴの荷台に下りた。間もなく、センドとサッドもマナ重機から下りてきた。ファストはまだ計器を見張っており、下りてこない。
「隊長さん、あんたは人間なんだ。あんまり無理するな。こっちが迷惑だ」
センドはリクトを睨みつけているが、語調はあまり強くない。
燃える森は人間には厳しい環境であることは理解している。そんな場所が戦場なのだから、どうしても無理をしなければ戦闘などできない。
そんなセンドにリクトは頭を下げた。
「悪い。次からは気をつける」
下げた頭をセンドによってくしゃくしゃにされる。ゆれる頭に視界まで揺れ動く。
「だから、お前は、何も、わかって、いない!」
センドはさらに激しくリクトの頭を揺らす。
「僕はなんて返事をすればよかったんだ?」
そんなじゃれ合う2人を傍から見てたサッドは、ニヤニヤと笑みを浮かべる。
「センドはね、私たちをもっと頼れって言ってるんだよ。もう、恥ずかしがり屋なんだからー」
「な、そうじゃねえけど……そうだよ!」
「どっち?」
リクトはやっと、2人の言いたいことがわかってきた。
今日は独断先行が多かった。手の赤い敵機との戦いに、包囲された状況で時間をかせいだこと。自分のひとりの力でなんとかしようとしてしまっていた。
それを、今、センドに注意されている。
頭を押さえつけられ、強引にお辞儀を続けさせられている時に、声が聞こえた。
「そう、4人が力を合わせれば、恐れるものはあまりない」
声の主はファストだった。1号機の操縦席から外に出て、手をかざしながらそんなことを言う。あまりの出来事に、リクトとセンドは動きを止めて固まってしまった。
「そう、それだよ! 私たちが力を合わせれば、何だってできるって!」
サッドは目を輝かせ、、両手をあげて万歳するようにして、大声をあげた。その場でぴょんぴょんと飛び跳ねていた。
「さすがにそこまでは言ってない」
言い出したファストが一番引いていた。
※
ヘリマアウントにある仮設陣地。司令部として中央に設置されたテントの中にリクトはいた。
テントは生地が厚く、中でストーブがたかれている。そのため、冬が近づき冷たい風が吹くなか、とても暖かく保たれている。
「試験部隊……成績はあまり芳しくないな。まあ、過剰評価なだけで、こんなものだろう」
リクトと地図がおかれているテーブルを挟んだ反対側に上官が立っている。その、細身の男性は、軍帽をかぶっており、口ひげが特徴的であった。胸にはいくつもの勲章が輝いている。手を後ろにしており、淡々と言葉を口にしていた。
「……あの、手が赤色の敵機をご存知ですか?」
そう、リクトは質問していた。戦場で見た敵機。3対1でこちらを上回った動きを見せた相手について、少しでも情報が欲しかった。
「スカーレットハンドに出会ったか。となると、評価を少し変えざるを得ないな……」
上官は口ひげを触りながら、何かを考えるように目を閉じた。どうやら本陣では、あの赤い手のマナ重機を『スカーレットハンド』と呼んでいるよるようであった。少しの時間、無言だったが、目を開くと同時に口を開いた。
「奴にはこちらも手を焼いていてな。それだけマナ人間を送り込んでも返り討ちにあってしまう。その手が赤いという点以外はろくにわかっていないのが現状だ」
「何か対処法はありませんか」
「それを考えるのが、きみの仕事ではないのかね」
「はっ」
リクトは短く返事をして、背筋を伸ばす。
報告をしている間、この上官はまったく表情を変えていない。その様子は何を考えているのか、まったく掴めない。デリエルズヒルの上官とはまったく違う人物である。
「わが軍が優勢であることに変わりはない。引き続き励みたまえ」
それだけ言うと、上官は「下がれ」というので、リクトは背を向けてテントから出た。
途端に冷えた風がリクトに吹き付けてくる。戦場の暑さとはまったく違う様子に、腕を組んだ状態で身体を震わせた。
テントを後にしたリクトは陣地から少し離れた場所に座らせているマナ重機のもとへやってきた。
そこには麻で作られたワンピースを着た女性が3人待ってた。その服装はこの寒さに不釣り合いに思えるが、彼女たちは丈夫に作られているため、そのような恰好でも身震いのひとつもしない。
リクトが身体を震わせて3人の前に立った。
「戦場で出会った敵機はやはり、以前からこの戦場に現れているらしい」
「スカーレットハンド」と呼ばれていることも付け加えた。
「相手はやはり、人間なのか……」
リクトは渋い顔をしてつぶやいた。
スカーレットハンドはただのマナ重機ではなかった。1号機を上回るスピードと運動性。1対1では敵わなかった相手である。それだけの性能を発揮するにはマナ人間では無理だろう。
「人間という可能性は低い……と思う」
歯切れが悪くファストが言った。
「リクトが1号機に搭乗する理由。それは、私たちの司令塔になるからだった」
「たしかにそうだ。最初なんてマナ重機もろくに動かせなかったしな」
センドがリクトを横目に見てくる。リクトはその言葉に苦虫を噛んだようにに顔を歪ませた。
今ではそれなりに運転できてはいるが、それには相当の訓練が必要だった。そう考えると、わざわざ人間を使うメリットはない。
「十中八九、改造マナ人間……」
そうファストは言葉を口にした。その顔は不快を感じているように歪んでいる。自分たちの出生を知っているから、その存在を忌まわしく思ってるのだろう。
「それじゃあ、マーズス以外に、あんな悪趣味なことしてるんだ。嫌なかんじー」
サッドは苦いものを口にした後のように、舌を出していた。
帝国も同じ研究をしている可能性は高い。むしろ、なぜ相手が同じことをしないと考えていたのか、そちらの方が不自然と思えた。
「……さて、なら、対策をしないといけないな」
「何を言っているのですか」
リクトの言葉に、ファストがすぐに発言する。
「私たち4人の力を合わせればいい」
すでに答えが決まっていたことを、リクトは思い出した。
きっと、4人が協力すれば何とかなると、リクトは考えた。あまり長い時間ではないが、共に戦ってきたことが、その証になっていた。




