第13話
穏やかな揺れを感じながら、リクトは目を覚ます。
マナ重機の操縦席、そこに座りながら睡眠をとっていた。まだ重い瞼を開けて身体を起こす。そして、身体を伸ばして全身の凝りをほぐしていく。
「起きたの? 到着にはまだ時間があるから、まだ寝ててよかった」
平坦な感情を読み取れない声が聞こえてくる。リクトの座る座席の前方には、計器類を見つめる薄い青色の髪をした女性、ファストの姿があった。
「ああ。あまり寝すぎると、頭が鈍るからな。ある程度起きていた方がいい」
今、リクトたちを乗せたカーゴはとある任務を受けて、目的地に向けて進行していた。
※
デリエルズヒルに来てから、2週間という時間が経過した。
硬直状態であった戦況は、今や王国軍に傾き、勝利は目前にまでやって来た。リクトたちはその間戦い抜き、1人もかけることなく、今日という日を迎えていた。
「試験部隊にはやってもらい任務がある」
仮設陣地に設置されたテントの中、テーブルを挟んで、リクトと上官が向かい合っていた。小太りな上官は椅子に身体を預け、足を組んでいる。それに対してリクトは背筋を伸ばして立ったままであった。
「この戦場の最終目的であるデリエル城塞の陥落は、もはや目前。我らが王国軍が王手をかけた状態だ。だが、ここからが問題でな、城塞の守りが堅く、もう一手欲しいところなのだ」
上官は地図に描かれたデリエル城塞を人差し指で何度も叩く。その上官の表情は不愉快に歪んでおり、苦汁を飲まされていることが分かる。
「ここにとんでもないマナ重機が設置されていてな、6つの腕に4丁のマナライフル2つの盾を持つというふざけたものだ。私はこれを『デリエルフォートレス』と名付けて攻略をしているのだが、見たまえ」
先ほどから叩かれる地図の場所に、マナ重機を示す青い光がない場所がある。一点を中心に周囲180度の半円に空白が存在していた。それは、デリエルフォートレスにより、友軍が殲滅されているという事実を示していた。
「全く役に立たないマナ重機をいくら投入しても突破することができぬ!」
上官はリクトを睨みつけてくる。それはおよそ人に願い事をするものではなかった。その様子に、リクトの眉がピクリと反応する。
「我々に攻略しろと?」
「その通りだ。戦果目覚ましい試験部隊を投入しようと考えたわけだ。ここさえ攻略できれば、こちらの勝ちは揺るがない」
睨んでいた上官は少し口角をあげて見せる。リクトはじっとその様子を見ていた。
「では、出撃したまえ。貴様らの活躍を期待する」
「……はっ! 任務、承りました」
リクトは反転して、上官に背を向けると、そのままテントから出ていった。
※
しばらくして、カーゴの揺れが止まった。
目的地に着いたことを知り、リクトは動き出す。レバーをぐっと握ると、前に倒した。もう慣れた様子で、1号機を立ち上がらせる。それに少し遅れる形で、2号機、3号機も立ち上がった。
試験部隊はカーゴから降り、数多のマナ重機が踏みしめていった荒れた地面に着地する。試験部隊だけを運搬してきたカーゴは来た道を帰っていく。
この任務は試験部隊のもので、他のマナ重機は参加していない。友軍は試験部隊とは別に目標の攻略を行っている
「ここから北方に距離50といったところに目標がいる。周囲に気を配りながら、目視できる地点まで移動する」
リクトの言葉に、2号機、3号機が動き出す。
「ああ、了解したよ」
「うんうん、わかった!」
センドの重い声と、サッドのやけに軽い声が聞こえてくる。この2週間で、2人の人柄を掴んだリクトには、先ほどの返事は気分上々だと感じた。
速度の低い2号機を先頭に、北上していく。マナライフルが発砲される音に、遠くに爆破音が聞こえたりと、戦場にやって来たことを肌で感じる。この嫌な感じがリクトの感情を暗く押さえつけてきた。その中を、リクトたちは歩いていく。1歩1歩確かめながら、慎重に、緊張の糸を切らぬように。
目標まであと20まで近づいた試験部隊は、一旦進軍をやめた。
周囲に敵機がいない事を確認してから、リクトは操縦席の扉を開ける。扉越しではわからなかった風や、それに運ばれる臭いに眉を顰めた。懐から望遠鏡を取り出すと、片目に当てて、目標を確認する。視界には件の『デリエルフォートレス』の姿があった。
デリエル城塞に続く橋のような地形。すぐ下を川が流れる渓谷のような道で、塞ぐには恰好の場所だった。周囲には今まで撃破してきたであろうマナ重機の残骸が山を築いている。赤も黒も入り交じり、それは地獄の様相であった。
上官から聞き及んでいた通りの外見で、マナ重機とは比べ物にならない巨大な体躯に、6本の腕が生えており、4つはマナライフル、2つは盾を持っている。
足はあるものの、その巨体を支えて歩くことができるようなものには見えない。
望遠鏡の視界に友軍である赤いマナ重機が入ってくると、デリエルフォートレスのマナライフルが発射される。それが、着弾すると、友軍の機体は吹き飛び爆散した。
「何、アレ! めちゃくちゃな威力!」
サッドが言う通り、マナライフルの1撃でマナ重機は沈黙してしまう。いかなマナライフルであっても、マナ重機の装甲を1撃で粉砕することはできない。
装甲は砕け、手はちぎれ、操縦席は無残にも潰されている。マナエンジンの爆発とも違う壊れ方であった。
「どういうことだ? あのマナライフルの威力、異常じゃないか?」
センドの困惑する声が聞こえてくる。
リクトたちが使っているマナライフルではとてもではないが、先ほどの威力を出すことはできない。以前、リクトは聞いたことがある。マナ人間研究機関でマーズスから説明を受けた時のことだ。
マナライフル
マナを弾丸として撃ち出す武器。
マナ重機が標準で装備されるものが最良とされている。
このサイズが威力、射程共にマナを発射するのに適しているされ、これ以上大きいとマナが拡散してしまい射程は短くなり、小さいと威力が劣ってしまう。
マナ重機のサイズに合わせて作ったのではなく、マナライフルのサイズにマナ重機が合わせている。
よって、マナ重機が持つマナライフルが最も威力の高い武器とされている。
だが、現実に異常なほど強力なマナライフルが存在していた。
「ファストは何か知らないか?」
「ううん、私も初めて知った」
相手のマナライフルのからくりが分からない。よく観察しようと、さらに望遠鏡を覗く。
よく見ると、デリエルフォートレスへ友軍のマナ重機が寄ってきているのが分かる。それは砂糖に群がるアリのようで、何の躊躇もなく、残骸を乗り越えていく。乗り越えた瞬間、デリエルフォートレスからの攻撃を受け、吹き飛び、爆散し、残骸の山の一部となった。
それを目の当たりにしても、友軍は足を止めることなく、前進していく。そこに、感情はなく、ただ命令を遂行するためだけに進み続ける。
無限に続く無意味な行為に耐えかねて、リクトは望遠鏡を目から外した。いつまでもここで手をこまねいている訳にもいかない。
「……射程に気を付けながら先に進もう。肉眼で見れば何かわかるかもしれない」
リクトは操縦席の扉を閉じると、奥歯を噛み締めながら、レバーを握った。
デリエルフォートレスへ近づくにつれて、強烈な爆破音が聞こえるようになってくる。デリエルフォートレスが装備するマナライフルが着弾し、地面を抉り、破裂する音だ。この音がひっきりなしに続いていた。これだけの威力、そして発射間隔を考えると、正面からぶつかれば友軍機と同じ運命を辿ってしまうことは明白だった。
「少し、コースを変える。僕に付いてきてくれ」
リクトは1号機をデリエルフォートレスを迂回するような進路を動かしはじめた。だが、2号機と3号機はその後に続こうとしない。
「おい! 怖気づいたのかよ!」
センドの責めるような声が通信機から聞こえてきた。リクトはその反応を予想しており、平静に対応する。
「僕にいい考えがあるんだ」
センドは露骨に舌打ちして見せたが、いつものことなのでリクトは放っておいた。いつもは何かと口を出してくるサッドが無言なことに、リクトは微かな不安を覚えた。
1号機はデリエルフォートレスへ直接接近するではなく、相手の真横に来るように進軍する。そして、相手のマナライフルを警戒して随分と離れた場所に陣取った。
「隊長さん、奴に近づかずにどうするつもりだい?」
通信機からセンドの機嫌の悪い声が聞こえてくる。リクトは額に手を当てて首を振る。
「センドはせっかちだな。これから説明を――」
「わかった! わかったよ!」
リクトの言葉を遮るように、サッドのやかましい声が聞こえてくる。世紀の大発見と言わんばかりに興奮した声がリクトたちの鼓膜をつんざく。
「あのマナライフル6本ある! 6本のマナライフルを同時に発射してるんだよ!」
「はぁ? なんだそれ?」
サッドの発見を意味が分からないとセンドが一蹴する。だが、リクトにはサッドの言う意味が理解できた。
「なるほど、1発1発は通常のマナライフルと同じ威力だが、1か所に6発集めれば、それ以上の威力が出るという事だな」
「そうだよ! だから、味方が1撃でやられちゃったんだよ!」
サッドの喚き声が止まらない。前に座るファストは耳を塞いでうるさいのをじっと耐えていた。
リクトはその声を聞きながら考える。
本当にマナライフル6本も束ねているのなら、デリエルフォートレスは24丁のマナライフルを持っている計算になる。では、その弾丸となるマナはどこから来るのだろうか。
1人のマナ人間では到底不可能だ。カーゴのように複数人で動かすことも考えられるが、それでも通常のライフルと同じ間隔で撃てるものなのか。
リクトがデリエルフォートレスを観察していると、何かが川に落ちていくのが見えた。
目を見張るとそれが、人間であることが分かった。
そこで、リクトは悟った。
「使い捨てだ……」
リクトの言葉に騒いでいたサッドの声が止まる。
「あれはマナ人間を使い捨てにしてる! マナを使うだけ使ったらゴミのように捨ててしまって、次のマナ人間を使ってる!」
リクトは怒りのあまり、叫んでいた。
デリエルフォートレスが動くたびにマナ人間が犠牲になる。中身のなくなった水筒を捨てるような気軽さで、マナ人間が使われている。
「――それは、そうかもしれない」
ファストの平静な声が聞こえる。
「私たちマナ人間は使い捨ての道具。そういう使われ方をされるのはいつものこと」
その声がリクトは熱くなった頭が急激に冷めていく。ファストたちと一緒にいた時間が長すぎて忘れていた。元々、マナ人間とはそういうモノだったことを。ただの消耗品。自分も何人ものマナ人間を殺してきた。センドもサッドも同じ思いなのか、声を出すことはなかった。
「そう、だな。だけど、僕はあんなものを許してはおけない」
リクトは大きく息を吸うと、一気に吐き出した。
「デリエルフォートレスを全力でぶっ壊す!」