第12話
戦場の空は黒煙によって曇っているかのように、どんよりとしている。それでも太陽に左右さるようで、日が落ちるとともに薄暗くなっていく。
リクトたち試験部隊は先の休憩からは1回戦闘を行う程度で済んでいた。それでも、疲れは溜まっており、リクトは再度休憩をとろうと思っていたが、それを遮るように、ファストの声が聞こえた。
「通信から、交代の命令。引き上げた方がいい」
ファストの言葉に、リクトは眉を顰めた。交代とはどういう意味なのか、その言葉通りとらえれば他の部隊と交代できるということなのだろうか。
「リクトには言ってなかった。マナ重機を動かし続けるのは半日が限度。昼夜で交代して戦線を維持する」
リクトはなるほどと、得心する。人間も長時間の戦闘行動は効率が落ちる。部隊を交代できるのなら越したことはない。
「わかった。いつでも交代できるように、ここで待機する。だが、警戒は怠らないようにしてくれ」
リクトたちの部隊は動きを止めて、交代部隊を待つ。先ほどの休憩のように、マナ重機を座らせないようにさせた。
周囲を警戒すると言ったものの、日が落ちて薄暗くなると、リクトには敵機がどこから来るのかまるで分らない。相手は黒いので、余計に姿を確認し辛い。
細めたり、大きく開けてみたりして目を凝らす。
「リクト、私たちマナ人間はマナを読み取ることで、暗くても気配を察することができる。ここの警戒は私たちに任せて」
「そ、そうか。役に立たないなら、仕方ないな」
リクトは深く座席に座り直し、身体を預ける。こうして身体を休めたのは初めてかもしれない。なんだかんだあったが、心のどこかでそれを許さなかった。
すると、どっと疲労がリクトに襲ってくる。目はかすみ、手足は動かなくなり、瞼が重くなってきた。それにあらがうように、リクトは奥歯を噛んで意識を保った。
待機を続けてしばらく時間が経った。薄暗かった空はもう黒く塗りつぶされており、黒煙が逆に明るいように見える。思ったより時間がかかることに訝しんだリクトはファストに向けて確認をする。
「ファスト、交代部隊はいつ来るんだ? 連絡とかないのか?」
「……」
だが、ファストからの返事はない。いつもはすぐに答えが返ってくるのに、少し様子がおかしい。
リクトは操縦席から乗り出して、前に座るファストを確認しようとするその時――
「!」
急に部隊に緊張が走る。
暗闇の中で光るマズルフラッシュが瞬くと、2号機はとっさに動き、盾で弾丸を受ける。
「おい、リクト! ぼさっとするな!」
センドの怒声にリクトはようやくレバーを動かし始める。その頭上にマナライフルの弾丸が通過すると、着弾地点で大きな火花が散って、金属が擦れる音が届く。
それを確認する頃には、2号機は敵機に向かって突進していく。その勢いはすさまじく、敵機との間合いを詰め、ポールハンマーを振りかぶった。そのまま振り下ろし、敵機の操縦席を叩き潰した。
「おい! 索敵はどうした! 敵機の接近を許すなんて!」
センドの怒声が通信越しに聞こえてくる。その声に、ファストは身体をビクッとさせて頭を振って左右を確認していた。どうやら、ファストも疲労により限界を迎えていたようだ。
「すまない。少し疲れていたようだ」
「ったく……ちゃんとしろよな」
ファストはリクトに気がついたのか、後ろを向くと、バツの悪い顔をする。このことでファストを責めるのは酷だ。今までずっと通信、索敵と休む暇がなかった。随分と負担をかけてしまっていたようだ。
隊長という肩書を持ったリクトにとっては、自分の責任だと強く自らを戒めた。
「もう、限界だよ……」
いつも元気がよかったサッドの声も今は落ち込み、弱音を吐いていた。これ以上、戦場にとどまるのは無理だと、リクトは強く感じていた。だが、交代部隊がこない事には迂闊に移動することもできない。
「ごめん、リクト」
ファストの弱弱しい声がリクトの耳に届く。先ほどの失敗で自分を責めいているようだった。それは、ファストだけの問題ではない。この現状を作り出した自分が悪いのだと、言い聞かせた。
「僕こそ悪かった。ファストに頼りきりで、自分で判断できなかった」
だから、ファストは悪くないと、リクトは続けて言った。
ファストが計器に身体を向けたことを確認すると、座席に体重をかけた。もしかしたら、交代する部隊はもう全滅しているのではないかと、不安が襲ってくる。
戦場に来てからは判断の連続だ。今も、留まるか、後退するか、判断しなくてはならない。何が正解で不正解か。きっと答えはないのだろうが、最善を選ぶべきだ。経験の少ないリクトには、まだそれがわからなかった。
「通信が来た。交代部隊と合流できたみたい」
リクトは辺りを見回すが、暗くてほとんどが見えなかった。本当に合流できたのか、まったくわからない。
だが、ファストが言うのなら、そうなのだろう。
「ようやくだな……」
「もう疲れたよん」
他の2人もようやくの到着に声が弾んでいた。
「よし、試験部隊はこれより後退する。ファスト、どこまで後退すればいい?」
「撤退ポイントはわかるから、私の指示に従って」
リクトはファストが提示するポイントを確認する。そこまではそこそこの距離がある。まだ安心するには早いようだ。
「これから、友軍のカーゴまで撤退する。周囲を警戒しつつ移動する」
まだ先があるのかと、落胆する様子が伺えた。リクトは隊長として、この空気を変えなけれければならない。
「ほら、本陣に帰るまでが戦場だ。早く行こう」
その言葉に辺りがしらけていくのを感じた。失敗したと、リクトは頭を抱えた。
撤退を開始してから1時間程度で、友軍のカーゴが見えてくる。少しだが光源がある為に、すぐに発見することができた。これで戦場を抜けだせると思うと、操縦する手が早くなる。
そんな中、3号機は駆け出して、カーゴへと乗り込んだ。サッドの性格を考えると、その行動もほほえましく感じる。重く歩行スピードの遅い2号機を先に乗せる。そして、最後に1号機が乗り込んだ。
カーゴに乗り込み、1号機を座らせる。そして10時間ぶりに、マナ重機から降りることができた。久しぶりに重力を感じた膝ががくがくと揺れたが、なんとか踏みとどまった。
緊張からか、座り続けていたせいか、凝りに凝り固まった身体をほぐすために、ググっと伸びをする。その様子を見てか、降りてきたファストも同様に伸びをした。
「おつかれー。もうマナ重機には乗りたくないよー」
サッドがぴょんぴょん跳ねながら、リクトへ寄ってくる。言葉の割には元気そうで、表情も悪くない。解放感でいっぱいなのだろう。そこに、不機嫌そうに眉を寄せるセンドがやって来きた。
「どうした、センド。気分が優れないのか?」
「当然だろ。あれを見ろ」
センドはそう言い捨てた。その視線の先には、撤退してきたと思われるマナ重機が座っていた。その数は2機。試験部隊と合わせても、カーゴにあるマナ重機は5機しかいない。
戦場に来たときは十数機あったはずだ。それが、ここまで減っているのだ。どれだけ過酷な戦場であったか、再度思い知らされる。
「わかるか? これが、マナ人間って奴だ。安易に使い捨てられる。命なんてあってないようなものだ」
センドの言葉に、戦場のもう1つの意味が分かった。
過酷と表現したが、それはマナ人間にとってという意味だ。そこに人間は含まれていない。どんなに過酷でも、人間は痛くもかゆくもない。人間が始めた戦争だというのに。
リクトはぐっと手を握りしめる。この戦場にあって、マナ人間の命は最も安い。それが分かってしまった。試験部隊が到着してから少しの時間友軍を待ったが、1機も戻ってはこなかった。
※
デリエルズヒル仮設陣地、その中で最も大きなテント。机に置かれたランタンがぼんやりと辺りを照らす。
数多くの地図と何かの資料がしまわれた棚が何個かあり、中央にあるテーブルにはデリエルズヒル全体を見渡す地図が広げられている。
カーゴに運ばれて到着してすぐに、リクトはこのテントに呼び出されていた。
テーブルの対面には、上等な飾りのついた軍服を着た太り気味な人物が足を組んで座っている。彼こそデリエルズヒルの前線で直接指揮を執る、リクトの上官であった。
リクトは直立の姿勢で上官の言葉をじっと待つ。
「君が試験部隊の隊長だったか?」
「はい。私が試験部隊の隊長、リクトです」
上官は舐めるようにリクトを観察する。
リクトは自分が値踏みされている為に、背筋を伸ばし、できる限り姿勢を崩さないようにしていた。
「ふむ。最初は人間を戦場に送り出すとか、何を血迷ったかと思ったが、案外効果はあったようだな」
上官は手を顎に当てて、何度も頷いた。それは、リクトにでも彼の気分がいいのだと理解できた。そして、上官は歯を見せてだらしなく笑みを作った。
「いい。実にいい戦果だったよ。3機放り込んで、3機とも無事に戻ってきた。しかも、15機も敵機を破壊したのだから、大金星だよ! はっはっはっ! 実に気分がいい」
今度は大声で笑いだした。それだけ痛快だったようだ。その様子にリクトは顔を引きつらせる。何がそんなに嬉しいのか、はかりかねていた。
「やはり、マナ人間など、役に立たん。これで人間の有用性が明らかになった。本部の連中は私の指揮が悪いと難癖をつけるが、マナ人間が愚図で役に立たんだけではないか!」
リクトはようやく、上官の気分がいい理由が分かった。奥歯をぐっと噛み、手を握りしめてじっとして、その様子を見続けた。この人間の指示で何人のマナ人間が犠牲になったのか、その尊い犠牲が今侮辱されているのだ。
「――何故、私がそのような事をしたと、わかったのですか?」
上官は笑うのを止めると、意外とばかりにリクトの顔を覗き込んでくる。
「なんだ、そんなことも知らんのか? まあ、気分がいいから教えてやろう。目の前にある地図を見てみろ」
リクトが視線を下ろすと、そこには言われた通り、地図が広げられている。だが、ただの地図でこれで何が分かるのか、わからなかった。
「こいつはな、ちょっとしたマナ感知の仕掛けがあってな。ほら見てみろ、地図にマナ重機の位置が分かるだろう?」
先ほどまでただの地図だったが、今は青い点や赤い点が動き回るようになっていた。上官の言葉から察するに、その点はマナ重機なのだろう。
上官はその地図の上に指を置くと、ゆっくりと撫でていく。
「いつもこいつを見て指揮を執っているのだよ。どこが押されているか、どこが押しているのか、戦場すべてを見渡せる。でな、私が思うようにマナ重機を動かしているという訳だ」
地図に視線を落としていた上官は、急にリクトへ視線を向ける。それは、かなり興奮した様子で、目が血走り、呼吸も荒い。子供が自分の玩具を見せびらかすかのように、聞いてもいないことを話し始めた。
「戦争など、実に簡単だ。こっちが指示すれば、勝手に戦ってくれる。やられたとしても、新しいコマをいくらでも配置しなおせばいい。盤上で遊ぶゲームの方がコマを増やせない分、難しいくらいだ」
リクトは自分が飛び掛からないように我慢するので精一杯だった。気を抜けば、上官を殴り飛ばしてしまいそうだった。この人間にとって戦争は遊びと変わらない。しかも、マナ人間は代わりのきく駒に過ぎないと言う。
知っているのだろうか、今回送り出されたマナ重機は5機しか帰ってきていないという現実を。上司の指揮が悪から、それだけしか帰ってこられなかったという事実を。
「申し訳ありません。少し気分がわるいので、退出してよろしいでしょうか」
「そうか? まあ、さっきまで戦場にいたのだ。また明日からも頑張ってもらわんとな。退場を許す」
「……はっ!」
リクトは上官に背を向けると、テントから出ていく。その後ろからは、まだ上官の不快な笑い声が聞こえていた。




