24.ふたりの心を繋いだ先に
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「なんっ……で」
古崎さんは、嗚咽混じりに問い返した。
「どうして?」
ウチは書く。
江ノ島君は答える。
「忘れたくないからだ」
でも、嫌なんだよ。私は、ケンちゃんの重荷にはなりたくないの。
「重荷になんかなってない」
なってるよ。
「なってない」
「なってるよ!」
古崎さんは叫んだ。
「それじゃあどうしてフジタさんを断ったの!?」
その言葉を見た江ノ島君は、絶句した。
古崎さんは立ち上がり、テーブルに手をついて、髪を振り乱して叫んだ。
「フジタさんは本気でケンちゃんのことが好きなんだよ! 本気の本気で、一途に、ケンちゃんを想ってくれてるんだよ!? あんなにいい人はもういないかも知れないんだよ。ケンちゃんだって惹かれてたんでしょ? 私のせいで、私がいたせいで拒絶したんでしょ!?」
不意に力を失って、古崎さんはゆるゆると席に崩れ落ちるように座った。
「もう五年だよ……もう五年も経ったんだよ? もう私のことなんか忘れてよ……!」
また、声に涙が混ざる。でもそれを振り払うように古崎さんは叫んだ。
「もう私のことなんか忘れてよ!!」
叫び声そのものは、江ノ島君には届かないけれど。
言葉に込められた思いは、伝わっていると思う。
江ノ島君も、悲痛な表情になっていたから。
「……静香」
ケンちゃんはバカだよ。どうしていつまでも抱え込んでるの。
「静香」
もう忘れていいんだよ。幸せになってよ。全部綺麗に忘れて
「静香!!」
江ノ島君が怒鳴った。店内が一瞬で静まり返り、店中の視線が江ノ島君とウチに集まった。古崎さんもびくっと肩を跳ね上げて江ノ島君を見る。
……何となく、この構図って。
傍から見ると、ウチと江ノ島君の痴話喧嘩に見えたりするのかなあ、なんて、場違いにもそんなことを思った。
淡々と何かを書いていた女と、それに向かって不意に怒鳴りつけた男の人。
なかなか奇抜な図かも。
店内にはすぐに喧噪は戻った。好奇の視線はまだ感じられるけど。
「忘れてくれなんて、言うな」
江ノ島君は低い声でそう言った。
「全部忘れろなんて、言うな」
でも
「俺は絶対に忘れない」
ケンちゃん
「絶対にだ」
江ノ島君は断言した。固い意志の籠もった言葉だった。古崎さんは言葉を失っている。
江ノ島君はゆっくりと話し始めた。
「確かに、俺はな。お前が死んだとき後悔したよ。何でちゃんと聞き出さなかったんだろうってさ。聞いたところで何かできるわけじゃないかもしれないけど、でも何かできたんじゃないかって。そのことは今でも後悔してる。――でもな」
江ノ島君は言う。
「でも、俺がお前を忘れたくないのは、後悔してるからじゃない……それだけじゃない」
一拍、江ノ島君は口を閉じた。それでもまだ、続ける。
「今でも静香が好きだからだ」
古崎さんは、微動だにしない。目を見開いたまま固まっている。
「俺は今でも静香が好きなんだよ。だから忘れたくない。忘れない。忘れられるわけがない」
噛んで含めるように、江ノ島君は言う。
「フジタさんの気持ちは……素直に嬉しかったよ。だからフジタさんがどうこうって話じゃない。たったの……たった五年で恋人のことをあっさり忘れて、新しく誰かと一緒になるなんて俺にはできないんだよ」
たったの五年。
江ノ島君はそう言った。
五年を。
たったの五年、と。
もっと歳を重ねればわからないけど、五年というのは決して短い歳月ではないと思う。若いうち、殊に学生時代の五年と言えば、結構長く感じられもするはずだ。
卒業間際の高校生も。
五年前は入学したての中学生だった。
それくらいの年月。
たったの五年。
江ノ島君が、古崎さんを喪ってからの年月。
古崎さんは、もの凄く思い詰めた表情で俯いていた。膝の上に載せられた両の拳は白くなるほど固く握りしめられている。
何を思うんだろう。
同じ五年を見てきた古崎さんは。
何を考えるんだろう。
やがて、古崎さんは顔を上げた。
唇を真一文字に引き結んで。
「わかった」
固い決意の籠もった瞳で。
「それじゃあ」
目尻から、頬を伝い、顎まで涙を光らせて。
嗚咽を押し殺し、それでも音調の整わない涙声で。
古崎さんは、言う。
「別れよう」
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