第七話:朝起きたら列ができてた
血相を変えている宿屋のご主人の勢いに押されて、僕は身支度もせずに玄関まで急いで駆けつけた。
かなり遅れて、息を切らしながら追いついてきた宿屋のご主人が叫んだ。
「玄関ドアを開けて……宿の外をご覧くだ……さい……」
言われるままに玄関のドアを開けて、思わず足が止まった。
……。
なにこれ? 目の前に、ものすごい数の人たちが並んでいる。
街はずれの少し高台にある宿屋からは、街を取り囲む木製の塀の先、広がる草原まで見える。
宿屋前の道沿いに、ずらっと列が伸びていて、草原の方まで続いている。
「ええっ!? これは一体どういうこと?」
僕が思わず漏らした疑問に、宿屋のご主人が答えてくれた。
「はぁはぁ……その……皆様、リアム様に……会いに来られたそうです」
「僕に!?」
まさか、また新手の借金取り?
恐る恐る列の先頭を見てみると、豪華なドレスを着た若い女性が立っている。
えらく身分が高そうな女性だ。しかも、なんだかあんまり機嫌がよくなさそうで、しかめっ面をしている。
その女性の周りには、きちんとした服装の従者らしき人たちが集まっていて、何やらわちゃわちゃしている。近くに止めてある立派な馬車は、きっとこの人たちのものだろう。
ふいに、その豪華なドレスを着た女性と目が合った。やばい! なんか嫌な予感が……。
「リアム様ーっ! お会いしとうございました!」
それまでの高慢そうな表情がパッと輝いて、淑女らしからぬ勢いで大きく手を振りながら、こちらへ駆け寄ろうとしてくる。
「シャルロッテお嬢様! お待ちくださいませ!」
両脇に控えていた従者たちが、今にも走り出しそうな彼女を必死に引き止めている。
リアム様……また僕のことを、師匠が化けていた魔術師リアムと勘違いしている人か……。でも、誰なんだろう? 宿屋のご主人は知ってるかな。
「あの、ご主人。先頭にいらっしゃる方は……?」
僕が小声で尋ねると、宿屋のご主人が怯えたような表情になる。
「あ、あの御方はシャルロッテ・フォン・ローゼンハイム様……公爵家のお嬢様でございます」
……公爵家? ……お嬢様?
はて? 師匠が貴族令嬢にまで借金したってこと?
僕が小首を傾げていると、宿屋のご主人がきまり悪そうに教えてくれた。
「なんでも、シャルロッテ様はリアム様から婚約のお約束をいただいたそうで……」
「婚約ぅー?」
驚きのあまり、叫んでしまった。
そもそも、師匠が誰かと婚約の約束をするなんて、ちょっと考えられないよ。
あの人、目の前にどんなに綺麗な女性がいても、気づかないくらいの変人だからね。変わった魔道具ならすぐに気がつくのに。
あ、分かった! きっと公爵家にある貴重な魔道具を見せてもらっている時に、内容も聞かずに「うんうん」と頷いてしまったんじゃないだろうか。
そして、その内容が婚約の約束だったとか……ありそう、ものすごくありそう。
借金の返済の算段なら立て慣れてるけど、婚約の約束を取り消す算段は立てたことがないんだよね。どうしよう……。
とりあえず、シャルロッテ様の熱い視線には気づかないふりをして、公爵家の一団の後ろへと目を移してみた。
そこには、周りの人たちより頭ひとつ分ほど背の高い、やたらと大きな男が立っている。
鍛えられた体をしてるし、背中に大剣を背負っているから名のある大剣使いってところか。かなり腕が立ちそうだ。
「ねえ、ご主人。あちらの大剣を背負った方は、誰です?」
「隣国の著名な剣士ヴォルフ・シュタイン様です。以前、リアム様に手合わせを申し込んだところ、『次に会ったら相手をしてやる』とお約束をいただいたとか……」
……手合わせ。剣で戦うってこと?
いやいやいや、勘弁してよ。なに約束してるの、師匠!
僕、刃物なんて錬金術用の小型ナイフと料理用の包丁くらいしか握ったことないんですけど……。
剣士シュタインは、静かに目を閉じて立っている。瞑想でもしているのだろうか? その目が開く前にと慌てて視線をその後ろへとやる。
剣士シュタインの斜め左、道側の方に、濃い灰色の魔導服を着た痩せた男が立っている。
フードを深くかぶっていて、その表情は分からない。
でも、この魔導服の男を見ていると、自然と体中の毛が逆立ってくる。
師匠のところに、魔術師たちがよく来るんだけど、その人たちと同じような危険な匂いがするんだ。相当な腕前の魔術師だと思う。
もしかして、剣士シュタインと同じく、師匠と手合わせを約束したとか……。
うぇぇ……どうやって断ればいい?
「あのぉ……あちらの灰色の魔導服の方はどなたでしょう?」
恐る恐る宿屋のご主人に聞いてみる。
「それが、お名前は伺ってないのですが……リアム様の購入された魔導書の代金を払って欲しいそうです。証文もお持ちだとか……」
はぁ、良かった。魔術の試合を約束してたらどうしようかと思ったよ。
借金ならまだ僕でもなんとかなる。
でも、魔導書かぁ……。魔導書はどれも値段が張るからなぁ。
ボルガン親方が作った装備一式の数倍の値段は覚悟しとかなきゃ……頭痛い。
魔導服の男の後ろにも人が大勢、並んでいる。どうやら昨夜のうちに、『姿を消した魔術師リアムが戻ってきた』という噂が街中に広まっていたらしい。
僕はとにかく部屋で対策を考えようと、宿屋に入りかけた所、宿屋のご主人から服を引っ張られた。
「あの、リアム様、あちらの草原をご覧くださいませ」
そういって指さした先は、街の外に続く広い草原だった。
……ん? 今、草原の真ん中にある、大きな黒い岩が動いたような……。
と思ったら、その岩から一対の大きな翼が現れて、バサリバサリと羽ばたくように動いて……また仕舞われた。
よく見ると、長い尻尾らしきものもある。
「あれは黒い岩……じゃないな……まさか、ドラゴン?」
宿屋のご主人が、ものすごい勢いで首をコクコクさせる。
「さ、さようでございます! 山の向こうに住むといわれる、伝説のドラゴンでございます!」
伝説のドラゴン!?
いったい、なんだってそんな伝説様が草原に鎮座してるの?
「コホン、そのことでしたら、私からご説明いたしましょう」
そう言いながら進み出てきたのは、教会の白い法衣をまとった、ずいぶん腰の曲がったおじいさんだ。杖を手に、よぼよぼとこちらへ歩いてくる。
「私は、この街の教会で祭司を務めております、ミルトンと申します。実は今朝、あちらのドラゴン様が、私の夢枕に立たれましたのじゃ」
……夢枕? ドラゴンが?
「さよう。以前、リアム様が『龍殺し』という酒をご馳走すると約束されたそうでのう。それで、こちらへ来られたそうじゃ」
……。
僕はあまりにも驚いて、思わず横にいた宿屋のご主人の顔を見た。
ご主人も真っ青な顔で、僕を見つめ返している。
……龍殺し。その名前、実は覚えがある。
蜂蜜と薬草で作るお酒で、師匠が好きなんだ。だから作り方を教えてもらって、毎年、僕が仕込んでいる。
僕は普段、お酒をほとんど飲まないから分からないけど、師匠が言うには、かなり強いお酒で、結構甘いらしい。コクがあって美味しいらしいよ。
飲むとガツンと頭に衝撃が走るって言ってた。
でも、ドラゴンに龍殺しを勧めるなんて、師匠は悪趣味だ。
いや、ドラゴンも師匠も酒飲みらしいから、そんなこと気にならないんだろう。
はぁ……さて、どうしたもんだか……。
婚約の約束をしたという公爵家のお嬢様、手合わせを待っている大剣使い、魔導書の代金を取り立てに来た魔術師。
それから、酒を飲みに来たドラゴン。
……師匠。
いったい、この街で何をやっていたんですか。
どうして勇者パーティに入ったり、アビスゲートの探索をしたり……。
そして、全部、後始末を僕に押し付けて……。
だから、僕は別人なんですってばぁー!




