第九十話「海へ向かう刃」
帝都、地下施設。
地上とは違い、
ここには昼も夜もない。
ただ、作戦だけが存在していた。
薄暗い部屋。
机の上に広げられた地図。
海。
無数の島々。
複雑に絡み合う航路。
海洋諸国連合。
ヴァルターは、それを見ていた。
「……裏切ったな」
低く呟く。
あの戦場。
帝国を支援するはずだった艦隊は、
その砲口を、帝国にも向けた。
結果。
戦場は崩壊した。
「……利用された」
レオハルトが言う。
「違う」
ヴァルターが否定する。
「見誤った」
一拍。
「弱いと思った」
静かに。
「だから、裏切られた」
その言葉に、
誰も口を挟まない。
「……であれば」
レオハルトが言う。
「排除しますか」
即答だった。
ヴァルターは、ゆっくりと頷く。
「元首だ」
「連合の中枢を潰す」
地図に指を置く。
「この五つ」
島々を示す。
「ここが核だ」
「同時に叩く」
空気が張る。
「可能ですか」
「やる」
それだけだった。
「秘密部隊を使う」
その言葉に、
数人の兵がわずかに反応する。
帝国の中でも、
ごく一部しか知らない部隊。
名も持たない。
記録も残らない。
ただ、“消す”ための存在。
「投入する」
短く言う。
「承知しました」
レオハルトが即答する。
「さらに」
ヴァルターが続ける。
「情報も回収する」
視線が地図から外れる。
「連合は、持っている」
「古い記録を」
「遺跡」
「海底」
「沈んだ文明」
一拍。
「……ドラゴンに関する情報も、な」
その言葉に、
レオハルトの目がわずかに動く。
「……重要ですか」
「重要だ」
迷いなく言う。
「神を壊すなら」
「ドラゴンを知らなければならない」
静かに。
「利用できるなら、利用する」
それが全てだった。
「では」
「元首の粛清と」
「情報の奪取」
「の計画を明日以降、進めて参ります」
「違う」
ヴァルターが止める。
「今すぐだ」
レオハルトが頷く。
「……承知しました」
その時。
別の兵が口を開く。
「……一点、ご報告が」
全員の視線が向く。
「アルカ・ドラグナ」
その名前が出る。
「難民の自治領です」
「最近、急速に人が集まっています」
「問題は?」
「……一人の男です」
資料を差し出す。
そこに描かれていたのは――
ガイアス。
ヴァルターの視線が止まる。
「……生きていたか」
小さく呟く。
あの戦場。
あの墜落。
それでも。
「……しぶとい」
わずかに、笑う。
「どうしますか」
レオハルトが問う。
ヴァルターは答えない。
しばらく、資料を見ている。
そして。
「放っておけ」
一言。
「……よろしいのですか」
「今はな」
一拍。
「いずれ、出てくる」
確信だった。
「その時に、叩く」
それでいい。
そして。
「……場所は」
地図に視線を戻す。
海。
「どうせ、ここだ」
海洋諸国連合。
レオハルトも頷く。
「目的は同じですということですか…」
ドラゴン。
情報。
力。
「……会うな」
ヴァルターが呟く。
「奴とは」
それが命令か。
それとも予感か。
誰にも分からない。
だが。
流れは決まっていた。
帝国は、海へ向かう。
アルカの男も、海へ向かう。
そして。
その先で――
再び、交差する。
空ではなく。
海の上で。
新たな戦いが、始まろうとしていた。




