第八十七話「新たなる帝国」
帝都。
夜が明ける。
だが、その朝は――
いつもと違っていた。
城門の前。
広場。
人々が集められている。
ざわめき。
不安。
緊張。
「……何があったんだ」
「昨夜、城で何かあったらしい」
噂が飛び交う。
やがて。
城の扉が開く。
現れたのは――
ヴァルター。
全身を機械で補い。
左腕のみで立つ男。
その背後に並ぶのは、
帝国軍の兵。
そして。
レオハルト。
まっすぐに立ち、
一歩も揺れない。
広場が静まる。
ヴァルターが、一歩前へ出る。
「……皇帝は死んだ」
一言。
ざわめきが爆発する。
「なっ……!」
「まさか……!」
誰も信じられない。
「昨夜」
ヴァルターは続ける。
「帝国は、終わった」
そして。
「今ここから」
一拍。
「新しい帝国を始める」
空気が凍る。
「戦争はできない」
「だが」
「戦いは終わらない」
ゆっくりと見渡す。
「奪われた空」
「失われた力」
「それを、このままにするつもりはない」
民の中に、動揺が走る。
「我々は戦う」
「方法を変えて」
「形を変えて」
「それでも、戦う」
一歩踏み出す。
「従え」
短く。
「ついて来い」
それだけだった。
沈黙。
そして――
一人が膝をつく。
「……従います」
兵だった。
続く。
一人。
二人。
次第に広がる。
恐怖か。
信念か。
だが。
帝国は、動いた。
その中心に立つのは。
王ではない。
“刃”。
一方。
アストレア王国。
王城、執務室。
「……帝国にて」
伝令の声が響く。
「クーデター発生」
室内の空気が変わる。
「ゼフィラ帝国皇帝、死亡」
重い沈黙。
「現在――」
一瞬、言葉が詰まる。
「……ヴァルターが実権を掌握」
その瞬間。
空気が、凍った。
「……何?」
レグナの声が、わずかに揺れる。
それは、今まで見せなかった反応だった。
クロノスも、目を細める。
「……ヴァルターは」
一拍。
「……生きていたのか」
その言葉には、
わずかな驚きが滲んでいた。
当然だ。
あの戦場。
あのドラゴン。
あの中にいた者が――
「……ありえない」
誰かが呟く。
「確かに、消息不明ではありましたが……」
「生存は……」
言葉にならない。
それほどの衝撃だった。
レグナは、ゆっくりと息を吐く。
「……生きていたのね」
短く。
だが、重い。
それは単なる事実の確認ではない。
“最悪の可能性”の確定だった。
クロノスが言う。
「……厄介ですね」
淡々としている。
だが、その奥にあるのは明確な警戒だった。
「ええ」
レグナは頷く。
「彼は止まらない」
一拍。
「……止まれない人間よ」
視線が、空へ向く。
静かな空。
だが、その下で。
確実に何かが動いている。
「戦争は起きない」
レグナが言う。
「でも」
「争いは起きる」
クロノスが続ける。
「……しかも」
「見えない形で」
レグナが頷く。
「そう」
「それが一番、厄介」
沈黙。
だが、恐怖で止まる者はいない。
「……どうしますか」
クロノスが問う。
レグナは、少しだけ目を閉じる。
そして、開く。
迷いはない。
「対応する」
「王国として」
そして。
「……私としても」
その言葉に、
クロノスは一瞬だけ視線を向ける。
何も言わない。
だが、理解している。
「……はい」
短く応じる。
その声には、揺らぎがない。
ヴァルターが生きている。
それは、恐怖だ。
だが同時に。
避けられない現実でもある。
世界は変わった。
戦争は終わった。
だが。
争いは終わらない。
そして今。
“最も戦いをやめない男”が、
再び動き出した。
その事実が。
世界を、再び震わせる。




