第八十五話「静かなる粛清」
夜の帝都。
灯りはある。
だが、かつての賑わいはない。
静かすぎる。
その静けさの中で。
“戦い”は、始まっていた。
――音はしない。
――叫びもない。
――だが、確実に人が死んでいる。
帝国軍本部。
上層階。
保守派幹部の執務室。
「……遅いな」
老将が呟く。
護衛が戻るはずの時間は、過ぎている。
――コン。
扉が叩かれる。
「入れ」
扉が開く。
入ってきたのは、一人の将校。
若い。
整った姿勢。
血の匂いを纏っている。
「……お前は」
「レオハルト少佐です」
静かに敬礼する。
「何の用だ」
「報告に参りました」
一歩、近づく。
「本日付で」
一拍。
「護衛部隊は全滅しました」
老将の目が見開かれる。
「……何?」
「申し訳ありません」
淡々と言う。
「ですが」
「その必要も、もうありません」
一瞬。
沈黙。
「……どういう意味だ」
レオハルトは答えない。
ただ。
剣を抜いた。
――一閃。
音は小さい。
だが。
それで終わった。
血が、机に落ちる。
レオハルトは、それを見下ろす。
何も感じない。
(これでいい)
それだけだった。
廊下へ出る。
数人の兵が待っている。
「終わりましたか」
「終わった」
「次は?」
「西棟だ」
迷いはない。
歩き出す。
その背を見ながら、兵が言う。
「……本当に、やるんですね」
レオハルトは止まらない。
「命令だ」
短く。
そして、少しだけ続ける。
「……それで十分だ」
それが、彼の全てだった。
――回想。
焼け落ちる戦場。
空から降る火。
何もできなかった。
ただ見ていた。
その時。
空を裂いて現れたのが――
ヴァルターだった。
圧倒的な力。
圧倒的な存在。
そして、その背にあったもの。
“戦う意志”。
さらに。
別の男。
エルンスト。
壊れた世界の中で。
それでも戦っていた。
ヴァルターの隣で。
(ああなりたい)
それが始まりだった。
(強くなりたい)
(選ばれたい)
(あの場所に立ちたい)
だが。
レオハルトは気づいていない。
エルンストは、“自分で選んでいた”ことに。
彼は違う。
選ばれたい。
認められたい。
だから。
従う。
――現在。
別の幹部が、倒れていた。
毒。
さらに別の場所。
階段から落ちた“事故”。
そして。
行方不明。
保守派の幹部たちは、
静かに、確実に減っていった。
数日後。
会議室。
「……おかしい」
保守派の男が言う。
「死にすぎている」
誰も反論しない。
「事故ではない」
「……やられている」
空気が凍る。
「誰にだ」
その問いに、
誰も答えない。
だが、分かっている。
“内側”だ。
「……対応しろ!」
誰かが叫ぶ。
「このままでは――」
「遅い」
別の声が割り込む。
すでに遅い。
理解した者から、
恐怖に変わっていく。
「……我々は」
男が震える声で言う。
「過激派と、交渉すべきではないか」
ざわめき。
「生き残るために」
その言葉で、
空気が完全に変わる。
理念ではない。
生存の話になった。
一方。
地下施設。
「……寝返りですか」
レオハルトが言う。
「そうだ」
報告を受けながら、
ヴァルターは動かない。
「受け入れるべきかと」
別の兵が言う。
「戦力になります」
沈黙。
そして。
「……いらない」
一言。
全員が静まる。
「信用できない」
「恐怖で動く人間は」
「また裏切る」
レオハルトが頷く。
「同意します」
「では――」
「処理しろ」
迷いなく。
「全員だ」
一切の例外なく。
静かな宣告。
「……承知しました」
レオハルトが敬礼する。
そして、振り返る。
その背中は、すでに“刃”だった。
ヴァルターは一人残る。
「……エルンスト」
小さく呟く。
「お前なら、どうした」
返事はない。
だが。
答えは分かっている。
「……同じだろうな」
わずかに、笑う。
帝国は、もう戻らない。
壊れながら。
削りながら。
それでも進む。
戦争ではない戦いが、
静かに、広がっていく。




