第八十四話「地下に灯る火」
帝国首都。
その地下深く。
かつて極秘兵器の開発に使われていた施設は、
今や、別の意味での“戦場”になっていた。
薄暗い通路。
湿った空気。
古い鉄の匂い。
その奥。
重厚な扉の先に――
人が集まっていた。
帝国軍の将校。
現場上がりの兵。
顔に傷を残した者。
そして――
見慣れない服装の男。
フードを被り、影に紛れるように立つ。
その目だけが、異様に冷静だった。
「……全員揃ったか」
低い声。
部屋の奥から響く。
機械の軋む音と共に、
一人の男が前に出る。
ヴァルター。
全身を補強する装置。
呼吸を支えるガスマスク。
だが、その存在感は、
誰よりも“生きていた”。
「……来ましたか」
若い将校が姿勢を正す。
その目は、敬意と熱を帯びている。
「待たせたな」
ヴァルターが言う。
「で、話とは何でしょうか」
若い将校が問いかける。
言葉遣いは丁寧。
だが、その奥にあるのは明確な意思だった。
ヴァルターは、ゆっくりと周囲を見渡す。
全員の顔を確認するように。
「……ここにいるのは」
一拍。
「終わる気がない連中だ」
誰も否定しない。
「いいだろう」
短く言う。
空気が引き締まる。
「まず確認する」
ヴァルターが続ける。
「戦争はできない」
「空は奪われた」
「帝国は、負けた」
一つ一つ、
現実を並べる。
誰も目を逸らさない。
「……ですが」
若い将校が口を開く。
「それで終わるつもりは、ありません」
はっきりと言い切る。
ヴァルターはわずかに頷く。
「……そうだ」
「終わりじゃない」
その一言で、
場の温度が変わる。
「やり方を変える」
誰かが息を呑む。
「“戦争”はできない」
「なら、“戦争にならない戦い”をすればいい」
ざわめき。
「具体的には、どのように?」
若い将校が問う。
ヴァルターは答える。
「分断だ」
「小規模な衝突」
「内部崩壊」
「補給線の遮断」
「国家としてではなく」
「個として動く」
「それなら、神は介入しない」
静寂。
理解が、浸透していく。
「……つまり」
若い将校がゆっくりと言う。
「削る、ということですね」
「そうだ」
「ゆっくりと」
「確実に」
「世界を、壊す」
その言葉に、
何人かが笑う。
「……良いですね」
若い将校が静かに言う。
「このまま終わるよりは、よほど」
目は、完全に戦場のものだった。
「ですが――」
別の声が割り込む。
フードの男だった。
「情報の支配なくして、それは成立しない」
全員の視線が集まる。
「紹介する」
ヴァルターが言う。
「連邦の人間だ」
一瞬で空気が変わる。
「……連邦ですか」
若い将校の声は冷える。
「敵ではない」
ヴァルターが言う。
「今回に限っては、な」
フードの男が、ゆっくりと顔を上げる。
「我々は“派閥”です」
「連邦は一枚岩ではない」
「帝国と手を組む者もいる」
若い将校が一歩前に出る。
「理由をお聞きしても?」
丁寧な口調。
だが、鋭い。
「均衡です」
男は即答する。
「今の世界は、歪んでいる」
「その是正のために、我々は動く」
沈黙。
「……理解しました」
若い将校が言う。
「であれば」
一瞬、ヴァルターを見る。
「私は乗ります」
「このまま終わるよりは、その方が意味がある」
言葉は静か。
だが、覚悟は明確だった。
「決まりだな」
ヴァルターが言う。
「これは“戦争”じゃない」
「……クーデターだ」
その言葉に、
誰も反論しない。
「帝国を変える」
「世界を変える」
一歩、踏み出す。
「神の支配ごと、ぶち壊す」
静かに。
だが確実に。
地下で、火が灯った。
それはまだ、小さい。
だが――
消えることはなかった。




