↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
83/167

第八十三話「残されたもの、その先へ」

 王都の外れ。


 小さな住宅が並ぶ一角に、ユークスの家はあった。


 豪華ではない。


 だが、丁寧に整えられている。


 窓辺には花。


 庭には簡素な柵。


 誰かが、ここで“生きている”と分かる場所だった。


「おーい、開いてるぞー」


 中からユークスの声がする。


 クロノスは軽くノックし、扉を開けた。


「入るぞ」


「おう、いらっしゃい」


 ユークスが笑う。


 その表情は、戦場にいた頃とは違っていた。


 柔らかい。


 肩の力が抜けている。


 奥から、ウェナスが顔を出す。


「レグナ様も、ようこそ」


「邪魔してるわ」


 レグナは軽く会釈する。


 室内は温かかった。


 火の匂い。


 食事の匂い。


 人の生活の匂い。


 それが、どこか懐かしい。


「ちょうど飯作ってたとこだ」


「すぐ用意するね」


 ウェナスが台所へ戻る。


 ユークスは椅子を引く。


「座れ座れ」


「悪いな」


 クロノスが腰を下ろす。


 レグナもその隣に座る。


「なんだ、その顔」


 ユークスがニヤッとする。


「どんな顔だよ」


「なんつーか……気抜けてる顔?」


「……そうか?」


「そうそう。戦場じゃ絶対しない顔だ」


 クロノスは少しだけ視線を逸らす。


「まあ……そういう場所じゃなかったしな」


「だろ?」


 ユークスは満足そうに笑う。


「でも、こういうのも悪くないだろ」


 クロノスは少しだけ間を置く。


「……ああ」


 短く答える。


「お待たせしました」


 ウェナスが料理を運んでくる。


 湯気が立つ。


 素朴な料理。


 だが、温かい。


「大したものじゃないけど」


「十分だよ」


 クロノスが自然に返す。


 レグナも頷く。


「ええ、とても良いわ」


 食事が始まる。


 会話は自然と続く。


 復興の話。


 街の様子。


 これからのこと。


 戦争の話は出ない。


 出す必要がない。


 ふと。


 クロノスは、ユークスとウェナスを見る。


 二人は自然に笑い合っている。


 言葉がなくても通じている。


 視線だけで。


 仕草だけで。


 それが、当たり前のように。


(……こういうのか)


 心の中で呟く。


 守ったもの。


 戦った意味。


 それが、ここにある。


 レグナもまた、その光景を見ていた。


 そして、クロノスを見る。


 視線が合う。


 一瞬。


 すぐに逸らす。


 だが、それで十分だった。


 食事が終わる。


「また来いよ」


 ユークスが言う。


「今度はもうちょい豪華にするからよ」


「いや、十分だよ」


 クロノスが答える。


「また来る」


 それは素直な言葉だった。


「またいらしてくださいね」


 ウェナスが微笑む。


 家を出る。


 風が吹く。


 静かな空。


「……良い時間でしたね」


 クロノスが言う。


 レグナは少しだけ横を見る。


「敬語に戻るのね」


「……癖です」


 少しだけ困ったように言う。


 レグナは小さく笑う。


「でも」


 レグナが続ける。


「ああいうの、どう思った?」


 クロノスは少し考える。


 そして答える。


「……悪くないと思います」


 一拍。


 ほんの少しだけ柔らかい声で続ける。


「……ああいうの、守れたなら」


 レグナは何も言わない。


 ただ、頷く。


 しばらく歩く。


 やがて、足を止める。


 王都の外れ。


 簡素な墓標。


 ヴェントラ。


 亡骸はない。


 残ったのは、手綱の切れ端だけ。


 それが、静かに納められている。


 クロノスは前に出る。


 膝をつく。


 土に触れる。


「……遅くなった」


 短く言う。


 誰に向けたものかは、明白だった。


「……守れなかった」


 拳を握る。


 声は変わらない。


 だが、わずかに重い。


「最後まで」


 風が吹く。


 静かな空気。


「……それでも」


 ゆっくりと立ち上がる。


「……進むよ」


 短い言葉。


 だが、それが全てだった。


 レグナが静かに言う。


「……あの子も、それを望んでるわ」


 クロノスは空を見る。


 何もない。


 だが、確かにあったもの。


「……行きましょう」


 今度は敬語。


 だが、柔らかい。


 レグナは頷く。


 二人は並んで歩き出す。


 距離は近い。


 触れはしない。


 けれど――


 確実に、前よりも近かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。