第七十六話「竜を見上げる者たち」
乾いた大地。
荒れた土地。
だが——
そこには、人の営みがあった。
——自由領 アルカ・ドラグナ
簡素な家々。
木と布で作られた住居。
畑。
井戸。
誰かが与えたものではない。
すべて、自分たちで作ったものだった。
兵ではない。
貴族でもない。
ただの人間たち。
だが、その目は——
どこか、自由だった。
「そっち持て!」
「水、足りてるか!」
声が飛ぶ。
命令ではない。
協力だ。
誰かが上に立つわけではない。
だが、崩れない。
それが、この場所だった。
誰かが、ふと空を見る。
球体。
浮かんでいる。
静かに。
だが。
もう、誰も怯えない。
知っているからだ。
“あれは、空を奪うもの”だと。
だから——
見上げる先を、変えた。
彼らが見るのは。
もっと、上。
もっと、遠く。
かつて現れた——
あの存在。
「……見たか、あの時の」
「全部、消えたんだぞ」
「でも……」
一人が、呟く。
「あれ、自由だったよな」
誰も、否定しない。
神ではない。
命令もしない。
ただ、存在するだけで。
すべてをねじ伏せた存在。
「従わねえって、ああいうことだろ」
静かな共感。
それが、この場所の核だった。
その時。
人々の間に、わずかなざわめきが走る。
誰かが、振り返る。
一人の男が、歩いていた。
マント。
フード。
ゆっくりと。
無駄のない動き。
誰も、止めない。
だが。
全員が、道を開ける。
知っているからだ。
あの男を。
男が、足を止める。
空を見上げる。
球体が、浮かんでいる。
わずかに。
球体が、揺れる。
反応する。
だが——
何も起こらない。
「……やっぱり、普通に反応するな」
誰かが、呟く。
「当たり前だろ。あいつも人間だ」
だが。
その声には、期待が混じっていた。
ゆっくりと。
フードが、外れる。
その顔を見て。
何人かが、息を飲む。
「……生きてたのか ガイアス」
誰かが、言う。
「勝手に殺すなよ」
軽く返す。
だが、その目は——
以前と、少し違っていた。
再び、空を見る。
球体のさらに上。
何かを探すように。
「……まだ、届いてねえ」
小さく、呟く。
「なあ、お前……」
「見たんだろ、あれを」
誰かが聞く。
少しだけ、ガイアスは考える。
そして。
「……ああ」
短く、答える。
「でもな」
一歩、前に出る。
「別に、選ばれたわけじゃねえ」
「ただ、見ただけだ」
それだけ。
それ以上でも、それ以下でもない。
だが。
その言葉に。
誰も、軽くは受け取らなかった。
“見た者”は、少ない。
“生きて戻った者”は、もっと少ない。
その中で。
別の声が、上がる。
「なら、なんでここにいる」
「王国に戻らねえのか」
わずかな緊張。
肩をすくめる。
「あそこは俺の”だち”がいる場所であって俺の場所じゃあねえよ」
あっさりと。
「従う場所でもねえしな」
それが、この場所の答えだった。
国家ではない。
命令もない。
ただ、選ぶ。
自分で。
空が、わずかに歪む。
誰かが、顔を上げる。
球体のさらに奥。
一瞬だけ。
巨大な影が、よぎったように見えた。
その瞬間。
ガイアスの目が、細くなる。
「……いるな」
空は、静かだ。
だが。
その奥では——
まだ、何かが動いていた。




