↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
75/167

第七十五話「鉄の誓い」

 重苦しい空気だった。


 帝都、中央軍議広場。


 かつては、勝利を語る場。


 だが今は——


 敗北を処理する場になっていた。


 円形に並ぶ席。


 皇帝。


 軍上層部。


 貴族たち。


 誰もが、言葉を選んでいる。


 だが。


 議題は、明確だった。


「……責任の所在を、明確にする必要がある」


 老将が口を開く。


 重く。


 逃げ場のない言葉。


「ヴァルター・アイゼンヴァルト」


 その名が、出た。


 空気が、わずかに揺れる。


「飛行艇戦の指揮」


「ドラゴンとの接触」


「戦線崩壊の引き金」


「……すべて、彼に帰することは可能だ」


 一瞬、誰も言葉を発しない。


 だが。


「ふざけるな!」


 一人の将が、机を叩いた。


「最前線で戦っていたのは誰だ!」


「誰があの戦場を持ちこたえさせた!」


 怒号が響く。


「だが結果は敗北だ!」


「責任を取らねば帝国は立て直せん!」


「……ならば貴様が前に出ろ!」


 言い争いが、激しくなる。


 秩序が、崩れていく。


 その中央で。


 皇帝は、動かない。


 ただ、座っている。


 高みから、見下ろすように。


 その時だった。


 コツ。


 コツ。


 静かな音が、響いた。


 石を踏む音。


 重い。


 規則的な音。


 言い争いが、止まる。


 全員が、そちらを見る。


 扉の向こう。


 ゆっくりと。


 扉が、開かれる。


 逆光の中。


 一人の影が、立っていた。


 誰も、言葉を発しない。


 その姿を見た瞬間——


 理解したからだ。


 全身に、機械。


 むき出しの金属。


 繋がれた管。


 呼吸装置。


 そして——


 口元にはガスマスク。


 その場にいる全員が。


 凍りつく。


 生きているはずのない男が。


 そこに、立っていた。


 コツ。


 コツ。


 ゆっくりと、歩く。


 一歩一歩。


 確かめるように。


 だが。


 止まらない。


「……静かにしろ」


 低い声。


 機械越しに歪んだ音。


 だが。


 確実に、届く。


「俺は、まだ生きている」


 誰も、反論しない。


 できない。


 ヴァルターは、ゆっくりと周囲を見渡す。


 将たち。


 貴族たち。


 そして——


 皇帝。


「……聞かせろ」


 一歩、踏み出す。


「このままでいいのか」


「空を、奪われたままで」


「神に、支配されたままで」


「ドラゴンに、怯えたままで」


 誰も、答えない。


 だが。


 全員が、聞いている。


「海の連中にも、裏切られたな」


「……それで、終わりか?」


 ヴァルターの声が、少しだけ強くなる。


「帝国は、そんなものだったのか」


 中央へ進む。


 その姿は、もはや人ではない。


 だが。


 その“意志”だけは。


 誰よりも、生きていた。


「俺は、戦う」


「一人でもだ」


 空気が、張り詰める。


「祖父の名にかけて」


「空は、奪われるものじゃない」


「取り戻すものだ」


 そして。


 皇帝を、真っ直ぐに見た。


「……あんたに、従う理由はあるのか?」


 ざわめきが走る。


「安全な場所から、見ていただけのあんたに」


「命を預けろと?」


「王国の女王は、最前線に立った」


「命をかけて、選んだ」


「……あんたは、何をした」


 完全な沈黙。


 だが、その沈黙は——


 長くは続かなかった。


「……その通りだ」


 誰かが、呟いた。


 小さな声。


 だが。


 確かに響いた。


「……あいつが、前線を支えていたのは事実だ」


「俺たちは、何をしていた」


「……あの戦場を、知らない連中が判断するのか」


 低い声が、重なる。


 次第に。


 空気が、変わる。


「……ヴァルターの言う通りだ」


「まだ終わっていない!」


「帝国は、こんなもので終わる国じゃない!」


 興奮が、広がる。


 椅子から立ち上がる者もいる。


 拳を握る者もいる。


 だが——


「無礼だぞ!!」


 鋭い怒声が、空気を切り裂く。


「皇帝陛下に対して、その態度は何だ!」


「貴様ら、正気か!」


「黙れ!」


「正気だから言っている!」


「現実を見ろ!」


「このまま何もせず、従っていればいいのか!」


 怒号が、ぶつかる。


 支持と否定。


 忠誠と反抗。


 同じ帝国の中で——


 完全に、割れていく。


 その中心で。


 皇帝は、なお動かない。


 ただ、見ている。


 その光景を。


 ヴァルターは、何も言わない。


 ただ、その全てを受け止めるように立っている。


「来たい奴は来い」


「来ない奴は、そこで見ていろ」


 一人。


 また一人。


 ヴァルターの後ろへと続く者が現れる。


 迷いながら。


 だが、確かに。


 その一方で。


 席から動かない者たちもいる。


 皇帝の側に残る者たち。


 秩序を守る者たち。


 帝国は。


 その場で、分かたれた。


 静かに。


 だが、決定的に。


 戻れない形で。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。