第七十一話「置かれた鎧」
王城から少し離れた丘。
そこには、並ぶように墓標が立っている。
名を刻まれた者。
刻まれなかった者。
すべてが、同じ土の下に眠っている。
クロノス。
ユークス。
ウェナス。
三人は、無言のまま歩いていた。
足音だけが、乾いた土を踏む。
最初に立ち止まったのは——
ひときわ大きな墓の前。
簡素だが、整えられている。
名が刻まれていた。
オルディウス
「……あの人がいなかったら」
ユークスが、ぽつりと呟く。
その先は、言わない。
言う必要がなかった。
クロノスは、静かに墓を見つめる。
あの背中。
あの声。
あの戦い。
すべてが、脳裏に焼き付いている。
「……ありがとうございました」
短く、言う。
それ以上の言葉は、出てこなかった。
三人は、再び歩き出す。
次の場所へ。
少し離れた場所。
まだ新しい土。
名前が刻まれている。
ガイアス
だが。
その墓の前で——
三人は、足を止めた。
「……なんだ、これ」
ユークスが、眉をひそめる。
墓の前に、置かれていた。
金属の光。
風に、わずかに鳴る。
それは——
鎧だった。
見間違えるはずがない。
あの戦場で、何度も見た。
あの男の装備。
「……ガイアスの、鎧……?」
ウェナスが、小さく呟く。
おかしい。
遺体は、確認されていない。
消息不明。
それが、公式の記録だったはずだ。
なのに——
なぜ、ここにある。
クロノスは、ゆっくりと近づく。
鎧に触れる。
冷たい。
だが。
どこか、懐かしい。
「……生きてる」
ぽつりと、呟く。
「は……?」
振り返る。
クロノスの目は、空ではなく——
遠くを見ていた。
その時。
ウェナスが、ふと顔を上げる。
「……あれ」
指さす。
視線の先。
少し離れた場所。
丘の下へと続く道。
そこに——
一人の男がいた。
フードローブで身を隠しているようだ。
顔は、見えない。
ただ、静かに歩いている。
振り返らない。
何も語らない。
そのまま、去ろうとしている。
だが。
三人は、動かなかった。
追わない。
呼ばない。
分かっていたからだ。
あの背中。
あの歩き方。
あの、空気。
間違えるはずがない。
「……おい」
思わず、声が漏れる。
だが。
止める。
その名を、呼ばない。
クロノスは、何も言わない。
ただ、見送る。
その大きな背中を。
戻らない。
もう、あいつは——
同じ場所には、いない。
「……生きてる、んだね」
小さく、言う。
「ああ」
短く、答える。
それで、十分だった。
丘の上。
残された鎧が、静かに揺れる。
まるで——
“ここにはもういない”と告げるように。
そして。
空は、相変わらず動かなかった。
だが。
誰かは、まだそこを目指している。
そんな気がした。




