第七十話「空のあとで」
数日が、経っていた。
空は、変わらない。
動かない。
流れない。
ただ、そこにあるだけの“空”。
王都は、静かだった。
戦いの音は、もうない。
代わりにあるのは——
瓦礫をどかす音。
木材を運ぶ音。
人の声。
生きている音だった。
兵も、市民も。
関係なく、手を動かしている。
崩れた建物を直し。
道を整え。
傷ついた街を、戻そうとしている。
戦争は、終わった。
だから。
生きなければならない。
だが。
すべてが、同じ方向を向いているわけではなかった。
「これで……よかったのか……?」
誰かが、呟く。
小さな声。
だが、確かに存在する。
「女王陛下のおかげだ!」
「戦争が終わったんだぞ!」
「これで、もう誰も死ななくていい!」
歓喜の声もある。
涙を流しながら、感謝を口にする者もいる。
だが。
「……空が、死んだ」
「俺たちは、何を失った?」
「これが、本当に勝ちなのか?」
怒りもある。
戸惑いもある。
そして——
「家族は、戻らない」
静かな声。
誰にも向けられない、痛み。
そのすべてを。
レグナは、受け止めていた。
机の上には、報告書が積み上がっている。
被害。
死者。
復興計画。
各地の状況。
すべてに目を通し。
すべてに、判断を下す。
止まらない。
止まれない。
だが。
ふと、手が止まる。
視線が、窓の外へ向く。
空。
動かない空。
あの日、自分が選んだ結果。
「……これで、よかったのよね」
誰にも聞かせない声。
自分に問いかける。
答えは、出ない。
それでも。
視線を戻す。
ペンを取る。
次の指示を書く。
王として。
進み続けるために。
城の外。
瓦礫の撤去を手伝う男がいた。
鎧は、もう着ていない。
ただの服。
ただの、一人の人間。
クロノスだった。
黙々と、木材を運ぶ。
何も言わない。
誰とも、ほとんど話さない。
ただ、手を動かす。
それだけ。
だが。
ふと、手が止まる。
空を見る。
無意識に。
何かを探すように。
だが。
何も、いない。
何も、ない。
それを確認するように。
また、視線を落とす。
「……クロノス」
声がする。
振り向く。
そこにいたのは。
ユークス。
そして——
ウェナス。
少しやつれている。
だが、立っている。
生きている。
それだけで、十分だった。
「……無事でよかった」
ウェナスが、静かに言う。
「心配させやがって」
いつもの調子。
だが、少しだけ声が重い。
クロノスは、少しだけ目を細める。
「……そっちもな」
短く、返す。
それだけ。
だが。
それで十分だった。
三人の間に、静かな時間が流れる。
言葉は、少ない。
だが。
失ったものも。
残ったものも。
すべて、共有していた。
「……終わった、な」
ぽつりと、言う。
少しだけ、考える。
そして。
「……いや」
空を見る。
あの、動かない空を。
「まだ、終わってない」
静かに。
だが、はっきりと。
空は、動かない。
だが。
人は、まだ動いている。
その事実だけが。
この世界の、唯一の救いだった




