↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
70/167

第七十話「空のあとで」

 数日が、経っていた。


 空は、変わらない。


 動かない。


 流れない。


 ただ、そこにあるだけの“空”。


 王都は、静かだった。


 戦いの音は、もうない。


 代わりにあるのは——


 瓦礫をどかす音。


 木材を運ぶ音。


 人の声。


 生きている音だった。


 兵も、市民も。


 関係なく、手を動かしている。


 崩れた建物を直し。


 道を整え。


 傷ついた街を、戻そうとしている。


 戦争は、終わった。


 だから。


 生きなければならない。


 だが。


 すべてが、同じ方向を向いているわけではなかった。


「これで……よかったのか……?」


 誰かが、呟く。


 小さな声。


 だが、確かに存在する。


「女王陛下のおかげだ!」


「戦争が終わったんだぞ!」


「これで、もう誰も死ななくていい!」


 歓喜の声もある。


 涙を流しながら、感謝を口にする者もいる。


 だが。


「……空が、死んだ」


「俺たちは、何を失った?」


「これが、本当に勝ちなのか?」


 怒りもある。


 戸惑いもある。


 そして——


「家族は、戻らない」


 静かな声。


 誰にも向けられない、痛み。


 そのすべてを。


 レグナは、受け止めていた。


 机の上には、報告書が積み上がっている。


 被害。


 死者。


 復興計画。


 各地の状況。


 すべてに目を通し。


 すべてに、判断を下す。


 止まらない。


 止まれない。


 だが。


 ふと、手が止まる。


 視線が、窓の外へ向く。


 空。


 動かない空。


 あの日、自分が選んだ結果。


「……これで、よかったのよね」


 誰にも聞かせない声。


 自分に問いかける。


 答えは、出ない。


 それでも。


 視線を戻す。


 ペンを取る。


 次の指示を書く。


 王として。


 進み続けるために。


 城の外。


 瓦礫の撤去を手伝う男がいた。


 鎧は、もう着ていない。


 ただの服。


 ただの、一人の人間。


 クロノスだった。


 黙々と、木材を運ぶ。


 何も言わない。


 誰とも、ほとんど話さない。


 ただ、手を動かす。


 それだけ。


 だが。


 ふと、手が止まる。


 空を見る。


 無意識に。


 何かを探すように。


 だが。


 何も、いない。


 何も、ない。


 それを確認するように。


 また、視線を落とす。


「……クロノス」


 声がする。


 振り向く。


 そこにいたのは。


 ユークス。


 そして——


 ウェナス。


 少しやつれている。


 だが、立っている。


 生きている。


 それだけで、十分だった。


「……無事でよかった」


 ウェナスが、静かに言う。


「心配させやがって」


 いつもの調子。


 だが、少しだけ声が重い。


 クロノスは、少しだけ目を細める。


「……そっちもな」


 短く、返す。


 それだけ。


 だが。


 それで十分だった。


 三人の間に、静かな時間が流れる。


 言葉は、少ない。


 だが。


 失ったものも。


 残ったものも。


 すべて、共有していた。


「……終わった、な」


 ぽつりと、言う。


 少しだけ、考える。


 そして。


「……いや」


 空を見る。


 あの、動かない空を。


「まだ、終わってない」


 静かに。


 だが、はっきりと。


 空は、動かない。


 だが。


 人は、まだ動いている。


 その事実だけが。


 この世界の、唯一の救いだった

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。