第六十九話「空のない世界」
衝撃が、遅れてやってきた。
体が地面に叩きつけられる。
鈍い音。
痛み。
だが。
それすら、どこか遠い。
俺は、瓦礫の上に倒れ込んでいた。
呼吸が、浅い。
肺に、うまく空気が入らない。
体が、動かない。
ただ、意識だけが残っている。
「……っ……は……!」
すぐ近くで、ユークスが咳き込む。
泥と血にまみれながら、なんとか起き上がる。
「……クロノス……!」
視線を巡らせる。
見つける。
倒れているクロノスを。
少し離れた場所。
レグナもまた、膝をついていた。
服は裂け、腕には血が滲んでいる。
だが。
目は、しっかりと開いている。
三人とも、生きていた。
奇跡的に。
だが。
その事実に、安堵する余裕はなかった。
音が、ない。
風が吹かない。
木々が揺れない。
煙も、流れない。
すべてが——止まっているよう。
ユークスが、ゆっくりと顔を上げる。
空を見る。
「……なんだよ……これ……」
呟く。
誰に向けた言葉でもない。
そこには、何もなかった。
青ではない。
白でもない。
ただ。
“動かない空”。
雲が、流れていない。
空気が、存在していないかのように。
完全な静止。
いない。
何も。
ワイバーンも。
鳥も。
何一つ。
空を飛ぶものが。
「……終わった……のか……?」
かすれた声。
「これで……戦争は……」
言葉が、続かない。
自分でも分かっている。
何かが、おかしい。
ゆっくりと、立ち上がる。
足取りは重い。
だが、止まらない。
空を見る。
そして。
「……戦争は、終わるわ」
静かに、言う。
断言だった。
「これで、誰も空から攻撃できない」
「誰も、空を支配できない」
一拍。
「でも」
その声が、わずかに沈む。
「自由も、終わった」
誰も、否定しない。
できない。
それが、現実だったから。
クロノスは、動かない。
ただ、仰向けのまま。
空を見ている。
瞬きすら、少ない。
その手に。
何かを握っている。
手綱の切れ端。
もう、繋がっていないもの。
空っぽの、手綱。
「……クロノス」
ゆっくりと、近づく。
膝をつく。
「……おい」
肩に、手を置く。
「……大丈夫か」
返事はない。
ただ、空を見ている。
何も言わない。
何も動かない。
「……クロノス」
もう一度、呼ぶ。
少しだけ、強く。
「……終わったんだ」
その言葉は。
誰のためのものか、分からなかった。
返事は、ない。
クロノスの目は。
ずっと、空を見ている。
そこに、何かを探すように。
もう、いないと分かっているものを。
空には、球体が浮かんでいる。
静止している。
だが。
時折、わずかに動く。
その時。
一羽の鳥が、飛び上がる。
地面から。
何も知らずに。
ただ、本能で。
空へ。
一瞬。
球が、動く。
光が、走る。
そして——
鳥は、消えた。
何も残さず。
ユークスが、息を呑む。
レグナが、目を伏せる。
クロノスは——
見ていた。
その一瞬を。
空は、もう。
空ではなかった。
ただの、管理された領域。
自由のない場所。
そして。
三人は、そこに立っていた。
空を失った世界に。
何も言えないまま。




