第六十六話「不完全な降臨」
世界が日食によって暗闇に包まれた中。
一筋の光が真っすぐに遺構へ降りて来ていた。
白でもない。
金でもない。
形容できない光。
それが、すべてを覆い尽くしている。
音は、ない。
時間も、ない。
ただ——“存在”だけがあった。
それは、形を持たない。
だが、確実に“いる”。
空間が、耐えきれずに歪む。
遺構の天井が、静かに崩れ始める。
崩壊すら、音を伴わない。
ただ、“許容できないもの”が来ている。
その中心。
クロノスは、立っていた。
いや。
立っていられない。
膝が、震える。
視界が、白く霞む。
呼吸が、浅い。
心臓が、異様に速い。
「……っ……!」
体の奥から、何かが抜けていく。
熱。
力。
生命そのもの。
理解する。
これは、代償だ。
降臨の。
本来なら。
二人で担うはずだったもの。
“対の鍵”。
それが、今は——
一人に集中している。
エルンストは、動かない。
当然だ。
もう、生きていない。
俺が、殺した。
だから。
足りない分が、すべて俺へ流れ込んでくる。
膝が、つく。
支えられない。
意識が、遠のく。
それでも。
手は、離さない。
石碑に触れたまま。
発動を、止めない。
「……やめなさい」
静かな声。
だが、その奥には、確かな揺らぎ。
「このままでは、あなたが…死ぬ」
答えない。
いや、答えられない。
呼吸すら、まともにできない。
ただ。
目だけが、レグナを見る。
それで、十分だった。
レグナは、悟る。
止めない。
止まらない。
この男は。
最後まで、やり切る。
一瞬。
本当に一瞬だけ。
王としての自分と。
一人の人間としての自分が、交錯する。
そして。
決める。
レグナは、エルンストへ歩み寄る。
その亡骸に、手を伸ばす。
冷たい。
すでに、命はない。
だが。
「……借りるわね」
小さく、呟く。
その手を。
クロノスの手へと重ねる。
そして。
エルンストの身体へ。
三つが、繋がる。
瞬間。
流れが、変わる。
光が、揺れる。
偏っていた力が、再分配される。
「……っ……!」
息が、戻る。
完全ではない。
だが。
止まっていたものが、動き出す。
その代わり。
レグナの呼吸が、乱れる。
力が、削られる。
だが。
手は、離さない。
三つの存在。
生者と、死者と、王。
それが、重なった。
“対”ではない。
だが。
“代替”として、成立していた。
光が、収束する。
一点へ。
そして——
形を、持つ。
輪郭が、現れる。
巨大。
人の形に似ている。
だが、違う。
目がない。
口がない。鼻も。耳も。
それでも。
“見られている”と分かる。
圧倒的な存在。
抗えない。
理解できない。
ただ。
そこに“いる”。
外。
ドラゴンが、止まる。
初めて。
その動きが、止まる。
空が、静止する。
戦いも。
すべて。
視線を上げる。
神を見る。
恐怖はない。
ただ。
覚悟だけが、あった。
同じく。
レグナもその存在を見上げる。
震えながらも。
目を逸らさない。
神が、ゆっくりと動く。
世界が、それに従う。
そして。
“裁き”が、始まろうとしていた。




