第六十五話「降臨の間」
遺構は、崩れ続けていた。
外から叩きつけられる衝撃が、内部の空間を歪ませる。
ドラゴンの一撃ごとに、柱が裂け、壁が砕け、天井の一部が崩落する。
それでも。
俺とレグナは、止まらなかった。
やがて。
視界が、開ける。
そこだけが、静かだった。
崩壊の中心にありながら、完全に切り離された空間。
広大な空間。
天井は見えず、上から差し込む光が、柔らかく床を照らしている。
壁一面に刻まれた彫刻。
空。
星。
戦い。
祈り。
そして——神。
人の手ではない。
そう断言できるほどの精度と、意味の重さがあった。
光の柱の中。
巨大な石碑が、静かに立っている。
近づくだけで、空気が変わる。
重い。
呼吸が浅くなる。
膝をつく。
エルンストの亡骸を、そっと下ろす。
その顔を、もう一度見る。
静かだった。
血は、すでに乾いていた。
だが、その顔は——
どこか、穏やかだった。
戦いの中で見せていた狂気は、そこにはない。
ただの、一人の男だった。
エルンストの胸元に、触れる。
その瞬間。
視界が、揺れた。
炎。
空。
叫び。
「——奪われたくないだけだ」
エルンストの声。
「俺の空を」
それだけが、強く残る。
そして、視界が戻る。
息をゆっくりと吐く。
「……背負うよ」
小さく、呟く。
その様子を、レグナは見ていた。
何も言わず。
ただ、見ていた。
その時。
ヴェントラが、小さく鳴いた。
不安。
恐怖。
そして——理解。
俺は、ゆっくりとその首に手を当てる。
「……ここまで、ありがとう」
言葉は、静かだった。
「お前がいなければ、ここまで来れなかった」
額を寄せる。
ヴェントラが、目を細める。
逃げない。
恐怖の中でも、そこにいる。
レグナも、自らのワイバーンに近づく。
そっと、頬に触れる。
「……あなたも」
微かに、笑う。
「ありがとう」
王ではない。
一人の人間としての言葉だった。
「……これで、終わりね…」
その意味を、俺たちは理解していた。
神が降りれば。
空は、奪われる。
ワイバーンは、存在できない。
自由は、消える。
「それでも私は、この選択をした」
まっすぐに、クロノスを見る。
「空を奪われても」
「戦争がない世界を、私は選ぶ」
その言葉を、受け止める。
否定しない。
だが。
「……俺は」
一歩、前に出る。
「守りたい人がいる世界を、守るために」
「神を呼びます」
静かに。
だが、強く。
「だから、これは」
一拍。
「終わりじゃない」
「守るための選択です」
価値観は全く同じではないのかもしれない。
だが。
同じ場所に立っている。
クロノスが、石碑へ手を伸ばす。
もう一方の手は、エルンストへ。
触れる。
ただ祈った。
すると、光が、爆ぜる。
床が輝き。
壁の彫刻が、呼応する。
空間が、歪む。
その瞬間。
光が、変わる。
外の光が——消える。
空が、暗くなる。
太陽が、覆われる。
影が、世界を包む。
完全な日食。
そして。
空の奥。
“それ”が見えた。
星。
だが、異様に近い。
大きい。
近づいている。
確実に。
こちらへ。
体が、浮く。
音が消える。
心臓の音だけが、響く。
ドクン。
ドクン。
ドクン。
来る。
確実に。
拒めない。
圧倒的な存在。
目を閉じ、そして、開く。
もう迷いはない。
隣に立つレグナ女王。
王として。
選択した者として。
遺構が、耐えきれなくなる。
ドラゴンの衝撃。
神の力。
両方に、引き裂かれる。
石碑が、割れる。
中から、光が溢れる。
眩しい。
熱い。
そして——
絶対的な“何か”。
世界が、完全に止まる。
空も。
時間も。
すべてが、沈黙する。
そして。
神が——
降りようとしていた。




