第六十四話「音を越えて」
空が、裂けた。
ドラゴンは、動いた。
ただそれだけで、空気が押し潰される。
遅れて、衝撃が来る。
風ではない。
圧力。
世界そのものが、叩きつけられるような感覚。
「——来る!」
次の瞬間。
巨体が、迫る。
速い。
あの大きさで、あり得ない速度。
一直線に——クロノスへ。
理解する。
狙われている。
鍵。
それを、消すために。
ヴェントラが、必死に翼を打つ。
だが、逃げきれない。
距離が、縮まる。
影が、覆う。
「……っ!」
歯を食いしばる。
一瞬で、決める。
「レグナ!」
振り返らずに叫ぶ。
「俺が引きつけます!」
「何を——」
否定しかける。
だが、続く言葉を、クロノスが遮る。
「行ってください!」
「今なら、届く!」
一瞬。
ほんの一瞬だけ。
レグナは、目を閉じる。
そして。
「……必ず合流するわよ!」
それだけ言った。
そして、ヴェントラを強引に旋回させる。
進路を変える。
遺構から、離れる方向へ。
ドラゴンの視線が、追う。
完全に。
クロノスへ。
ドラゴンが、加速する。
空が、歪む。
圧が、迫る。
逃げ場はない。
深く息を吸う。
そして、ヴェントラの首に額を当てる。
「……飛ぶぞ」
言葉ではない。
感覚。
意思。
それを、重ねる。
ヴェントラが、応じる。
恐怖の中で。
それでも、前を向く。
翼が、打たれる。
空気が、裂ける。
速度が、上がる。
さらに。
さらに。
限界を、越える。
音が、遅れる。
いや。
違う。
追いついている。
自分が、音に。
世界が、引き延ばされる。
風が、線になる。
視界が、伸びる。
すべてが、置き去りになる。
ドラゴンが、追う。
だが。
わずかに、ズレる。
視線が、遅れる。
予測が、外れる。
速度で、上回る。
そして。
進路を変える。
直線ではない。
曲線。
急角度。
ドラゴンの軌道の“隙間”を縫う。
あり得ない動き。
だが、通った。
遺構へ。
再び、向かう。
ドラゴンの視線が、一瞬外れる。
その瞬間。
突っ込んだ。
遺構が、目前に迫る。
入口。
そこへ。
飛び込む。
同時に。
もう一つの影。
レグナ。
到達していた。
遺構の中。
空間が広がる。
重力が、曖昧になる。
だが。
安堵は、ない。
外から、衝撃。
ドラゴンは、攻撃を止めない。
遺構が、軋む。
石が、崩れる。
巨大な構造が、揺れる。
原初の遺構ですら、耐えきれない。
俺とレグナは、その内部をただ飛ぶ。
崩壊する通路。
落下する瓦礫。
不安定な空間。
その中を、縫うように進む。
その外では。
まだ、戦いが続いていた。
近衛兵。
帝国残存兵。
そして、ユークス。
ドラゴンの影が空を覆う中。
恐怖を押し殺し。
剣を振るう。
空を見ない。
見れば、動けなくなるから。
ユークスは歯を食いしばり。
必死に剣を振るう。
大切なものを守るために。
送り出した。
だから。
ここで、止まれない。
遺構の中、俺は飛びながら、遺構の最奥部を見る。
止まらない。
もう、引き返せない。
その先にあるものへ。
進むしかない。
世界が、壊れかけていた。
その中心へ。
彼らは、辿り着こうとしていた。




