第六十七話「神の問い」
世界が、止まっていた。
風は吹かない。
音は消えた。
時間すら、意味を失ったように静止している。
ただ一つ。
“それ”だけが、存在していた。
輪郭はある。
だが、定まらない。
人の形に似ているようで、まったく違う。
見れば崩れ、理解しようとすれば遠ざかる。
それでも、誰もが理解していた。
これが——神だと。
“声”が届く。
耳ではない。
意識の奥へ、直接。
――お前たちは、空を望むか。
同時に。
空が、変わる。
光。
白い光が、すべてを覆う。
王国。
帝国。
教国。
連邦。
連合。
海。
森。
すべての空が、同じ色に染まる。
戦場から、音が消える。
帝国兵も。
王国兵も。
教国兵も。
関係ない。
全員が、空を見ていた。
王国の前線。
瓦礫の中。
血と煙がまだ残る戦場。
兵たちは、剣を握ったまま——動けなかった。
空が、変わったからだ。
白。
すべての空が、同じ色に染まっている。
「……なんだ、あれは」
誰かが呟く。
答えられる者はいない。
だが。
誰もが、理解していた。
これは、人の力ではないと。
遠く、空の一点。
巨大な“何か”が、現れている。
形は見えない。
だが、存在だけが圧し掛かる。
息が詰まる。
膝が震える。
それでも、目を逸らせない。
「……あれが……」
若い兵が、震える声で言う。
「神……なのか……?」
誰も、否定しない。
否定できない。
その隣で。
一人の老兵が、ゆっくりと剣を下ろす。
「……ああ そうみたいだな…」
短く、答える。
「これで我らの戦は終わりだ…」
絶望ではない。
理解、そして希望だった。
教国の兵たちは、跪く。
涙を流しながら。
「神だ……」
「我らの神が……降りられた……!」
歓喜。
疑いはない。
恐怖すら、信仰に塗り替えられる。
すべてを、委ねる。
それが、彼らの答えだった。
一方。
帝国兵は、空を見上げる。
動けない。
武器を握ったまま。
ただ、立ち尽くす。
「……なんだ、これは」
誰かが、呟く。
理解できない。
だが。
目を逸らせない。
「…俺らの空は…失われた…」
――遺構の中
――お前たちは、空を望むか。
視界が変わる。
神と、対峙する。
迷いは、一瞬だけ。
だが、消える。
「……俺は」
息を吐く。
「空を、差し出す」
はっきりと。
「守りたい人がいるからだ」
「そのためなら、自由がなくなってもいい」
一拍。
ヴェントラを見る。
震えている。
それでも、そこにいる。
「……でも」
声が、わずかに揺れる。
「ヴェントラは、守って欲しい」
「空を奪うなら、俺から奪え」
「ヴェントラは——残してくれ」
沈黙。
ただ、“見ている”。
別の空間。
同じ問い。
レグナは、目を閉じる。
そして。
「私は、空を差し出す」
迷いなく。
「戦争を終わらせるために」
「その代償が必要なら、受け入れる」
王としての答え。
二人は同じ選択をした。
空を、手放す。
だが。
理由が違う。
守るためか。
終わらせるためか。
空間が、わずかに歪む。
そして。
“理解”が流れ込む。
――例外は、許されない。
クロノスのヴェントラに対する願いは、否定された。
次の瞬間。
神の周囲に、光が集まる。
圧縮される。
凝縮される。
そして——
無数の“球”が、生まれる。
丸い。
完全な球体。
光でも、物質でもない。
ただ、“存在している”。
それが、空に浮かぶ。
無数に。
神が、わずかに動く。
それだけで。
球が、解き放たれる。
世界中へ。
王国の空へ。
帝国の空へ。
教国の空へ。
連邦の空へ。
連合の空へ。
そして——海へ。
艦隊の上。
空から、球が降りる。
戦争を"消す"ために。
「……なんだ、あれは」
誰かが呟いた、その直後。
光が、炸裂する。
音は遅れて来た。
いや。
音が追いつかない。
艦が、消える。
砲が、消える。
人が——消える。
跡形もなく。
海面だけが、わずかに揺れた。
球は、空を飛ぶ存在へ向かう。
例外なく。
逃げ場はない。
空にいる限り。
“裁かれる”。
――遺構の外
ワイバーン部隊が、次々に狙われる。
帝国兵も王国近衛兵も。
回避。
だが、間に合わない。
一瞬で消えていく。
「……っ!」
理解する。
これは、管理だ。
神による——空の管理。
――遺構の中
「降りるわよ!」
即断。
迷いはない。
「了解!!」
俺とレグナはすぐに自身のワイバーンに騎乗する。
すでに周囲に展開され始めた球。
球を、紙一重で回避する。
風はない。
だが、速度だけで避ける。
次々に球が迫る。
直線ではない。
追尾する。
逃げられない。
それでも。
ヴェントラは、飛ぶ。
恐怖の中で。
限界を超えて。
クロノスを、守るために。
遺構の外に出た。
ドラゴンは球の攻撃に耐えながら反撃をしていた。
帝国兵に球が襲い掛かる。
判断を間違えたものから、球に消されていく。
近衛兵達も例外ない。
ユークスは必死に球を避けながら、地上を目指していた。
地上が、見える。
だが、距離がある。
その間にも。
次々とワイバーン達が、消えていく。
球が、さらに増える。
空は、完全に閉じられようとしていた。
そして。
その中で。
クロノスは、考えないようにしていた。
この先にある“別れ”を。




