第六十話「決闘」
山頂は、静寂に包まれていた。
白く残る雪が、まだ溶けきらずに地面を覆い、その上を吹き抜ける風が細かく雪粒を舞い上げている。
空は、どこまでも澄んでいた。
雲が、低く流れている。
まるで、この場所が空に最も近いことを示すかのように。
ヴェントラが、大きく翼を広げながら、ゆっくりと山頂へ降り立つ。
着地の衝撃で、雪が舞い上がり、白い粒が二人の周囲に静かに降りていく。
俺は、無言でヴェントラから降りた。
エルンストも、同じように地面へ足をつける。
互いに距離を取る。
言葉は、ない。
必要もない。
俺は、剣を抜く。
ゆっくりと。
無駄な力を抜きながら。
対するエルンストも、静かに剣を構える。
その動きには、一切の迷いがなかった。
「……魔法は使わない」
エルンストが、言う。
確認ではない。
宣言だ。
「……ああ」
短く、応じる。
それで十分だった。
風が、吹く。
その瞬間。
二人は、同時に踏み込んだ。
剣が、ぶつかる。
鋭い金属音が、静寂を裂く。
俺は押し込む。
エルンストが受け流す。
すぐに、体を入れ替える。
それに反応するように俺は剣を斬り上げる。
エルンストが、身を捻ってかわし、すぐに横から切り返す。
刃が、頬をかすめる。
血が、わずかに飛ぶ。
だが、止まらない。
互いに、分かっている。
相手が、強いことを。
技術も。
経験も。
覚悟も。
同じ高さにあることを。
エルンストが、一歩深く踏み込む。
重心を低く落とし、下から斬り上げるような鋭い一撃を放つ。
それを俺はギリギリで受け止めるが、衝撃で足元の雪が大きく崩れる。
体勢が、わずかに崩れる。
その瞬間を逃さず、エルンストが追撃に入る。
だが。
俺は、踏みとどまった。
歯を食いしばりながら、剣を押し返す。
そして、そのまま間合いを詰める。
距離が、消える。
剣と剣が、押し合う。
息が、ぶつかるほど近い距離。
互いの目が、ぶつかる。
そこにあるのは、憎しみではなかった。
理解。
そして。
覚悟。
俺は、足を引いた。
わずかに、角度を変えるために。
その一瞬の隙を利用して、エルンストの剣を弾き上げる。
体勢が、崩れる。
踏み込む。
迷いなく。
一直線に。
剣を、振り下ろす。
エルンストが、膝をつく。
剣が、手から滑り落ちる。
雪の上に、転がる。
俺が持つ剣の刃は、エルンストの首元に当たっていた。
風が、吹く。
雪が、静かに舞う。
あと一歩のところで俺は手を止めてしまった。
これで終わる。
だが。
動けない。
ここで、終わらせるのか。
本当に。
顔を上げるエルンスト。
息は荒い。
だが。
その目は、揺れていなかった。
「……迷うな」
低く、言う。
「俺たちは」
一度、言葉を切る。
そして。
強く、言い切る。
「死んだ仲間達を背負って戦ってるんだ」
その言葉が。
空気を、震わせる。
「情けをかけるな」
視線を外さない。
「戦士として」
ゆっくりと。
だが、確実に。
「決着をつけろ!」
風が、止まる。
音が、消える。
世界が、二人だけになる。
剣を握る手に、力が入る。
震えは、ない。
だが。
重い。
その一撃が。
すべてを決める。
空は、どこまでも青かった。
その下で。
真っ白な雪で覆われた山頂が。
赤く染まった。




