第五十九話「空に最も近い場所」
朝の空気は、冷たかった。
森は、静かだ。
あの戦場が。
遠い出来事のように感じる。
村の入口。
俺とエルンストが、並んで立っていた。
背には、再び身につけた装備。
もう。
戦場の外の人間ではない。
数人の村人が、見送りに来ていた。
言葉は、少ない。
だが。
拒絶はない。
「……本当に助かった」
短く。
エルンストはそれだけ言う。
俺は、小さく頭を下げる。
「……世話になりました この恩は忘れません」
少し離れた場所で、翼を広げるヴェントラ。
完全ではない。
だが。
もう、飛べる。
そう、俺にアピールしてきているようだった。
村を、振り返る。
この場所。
短い時間だった。
だが。
確かに、“守るべきもの”があった。
「……ここには、もう来させない」
小さく、呟く。
その横で、エルンストは黙っていた。
そして。
ふと。
長老の方へ視線を向ける。
長老は、じっとエルンストを見ていた。
何も言わない。
だが。
その目は。
すべてを見通しているようだった。
ゆっくりと、近づく。
そして。
エルンストの耳元で、何かを囁いた。
短く。
静かに。
一瞬だけ。
エルンストの表情が、変わる。
驚きではない。
納得。
そして。
決意。
長老から離れ、俺を真っ直ぐに見る。
「……俺と決闘しろ…クロノス」
突然だった。
だが。
迷いはない。
わずかに、眉をひそめる。
「……今か?」
「……今だ」
静かに言う。
「鍵は、二つとも生きている必要はない」
長老の言葉。
それを、理解した上で。
「ならば」
一歩、踏み出す。
「どちらかが持てばいい」
その目は、真っ直ぐだった。
逃げではない。
覚悟だ。
「……この戦いを」
「終わらせる」
沈黙する。
考える時間は、ない。
だが。
分かっている。
これは。
避けられない。
「……分かった…どこでやる」
短く、問う。
視線を上げるエルンスト。
山を見上げる。
森の奥。
雲より高く、そびえる頂。
「あそこだ」
「最も空に近い場所」
俺も、エルンストが見た山へ視線を向ける。
理解する。
なぜそこなのか。
空を求めた者同士。
ならば。
最後は、そこだ。
遠くから、二人を見ている長老。
何も言わない。
だが。
その選択を、否定しない。
むしろ。
見届けるように。
二人は、歩き出す。
並んで。
同じ方向へ。
敵として。
だが。
同じ目的を持つ者として。
空は、静かだった。
だが。
その先にあるものは。
決して、静かではない。
これは、ただの決闘ではない。
どちらが、生き残るか。
それだけではない。
どちらの“意志”が。
未来を握るか。
その戦いだった。




