第五十八話「空に残されたもの」
朝は、静かだった。
鳥の声。
風の音。
戦場には、ない音だった。
村の外れ。
古い蔵の中に。
二つの甲冑が、置かれていた。
一つは、王国のもの。
もう一つは、帝国のもの。
並べて。
隠すように。
置かれている。
それを、見つめる。
「……これでいい」
静かに、言う。
外に出せば。
戦争を、持ち込むことになる。
エルンストは腕を組み、壁にもたれている。
「……滑稽だな」
小さく呟く。
「敵同士が、同じ場所に武器を置くか」
「……ここでは、関係ない」
短く答える。
「ここは、戦場じゃない 彼らに見せる必要はないだろう」
その日も。
二人は、村の仕事を手伝っていた。
水を運び。
薪を割り。
畑を耕す。
ぎこちない。
だが。
確かに、“戦いではない時間”。
最初は、距離があった。
視線。
警戒。
だが。
少しずつ。
変わっていく。
言葉が増え。
視線が柔らかくなる。
それは。
時間の力だった。
村の外で、横になっているヴェントラ。
まだ、本調子ではない。
だが。
目は、落ち着いていた。
俺は、そばに座った。
そして、そっと手を置く。
ヴェントラが、小さく鳴く。
それだけで。
少し、安心する。
昼過ぎ。
村人たちが、話していた。
「……あれは、夢じゃなかったと思うんだ」
一人の男が、言う。
「空に、島が浮いてた」
俺は手が、止まった。
エルンストも、顔を上げる。
「……浮いてるんだよ」
「雲の上に、ぽつんと」
「ずっと昔に見た」
「爺さんも、同じものを見たって言ってた」
「でも、あれ王国にある遺構と同じものらしいぞ」
「なんだ… その辺にあるやつじゃねえか」
「空に浮かんでるってのがいいんだろ」
別の村人が、口を挟む。
「……あそこは、近づかない方がいい」
低い声。
「ドラゴンの住処だ」
空気が、少しだけ変わる。
「近づいた船も、戻ってこなかった」
「飛んでいったやつも、な」
俺とエルンストの視線が、交差する。
言葉は、ない。
だが。
理解している。
それが。
“次の場所”だと。
夕方。
二人は、村の長老のもとを訪れていた。
小さな家。
古びた椅子。
深い皺の刻まれた顔。
長老は、二人をじっと見ていた。
何かを、見透かすように。
「……おぬしら」
ゆっくりと口を開く。
「ただの兵ではないな」
何も言わない。
だが。
否定もしない。
「鍵、じゃろう」
静かに。
言い当てる。
空気が、張り詰める。
わずかに、目を細めるエルンスト。
「……なぜ分かる」
小さく、息を吐く。
「昔の話じゃ」
「この村にも、いた」
視線を、遠くに向ける。
「鍵となる者が」
「……だが、奪われた」
声が、わずかに重くなる。
「外の者に、殺されてな」
「遺体ごと、持っていかれた」
誰も、言葉を発さない。
重い事実だけが、残る。
長老が、続ける。
「鍵は、二つ必要じゃ」
「それは、変わらん」
だが。
そこで、言葉を切る。
「……じゃがな」
ゆっくりと言うのを一瞬ためらった。
しかし、長老は続けた。
視線を上げる。
「片方が、生きてさえいれば」
「もう片方は、“形”で足りる」
俺は、返す言葉が見つからないでいた。
エルンストも、黙っている。
「完全ではない」
「だが、発動はする」
「代償は……重くなるがな」
外では。
夕焼けが広がっていた。
その向こう。
見えない空の先に。
“島”がある。
そして。
そのさらに先に。
“神”がいる。
クロノスとエルンスト。
並んで立つ。
敵同士。
異なる考えを持つ者。
だが。
同じ場所を、見ていた。




