第五十七話「森の中の灯り」
森は、静かだった。
風の音。
葉の揺れる音。
それだけが、世界だった。
ついさっきまでいた場所が。
嘘のように。
木々の合間に。
小さな村があった。
粗末な家々。
煙の上がる屋根。
人の気配。
だが。
穏やかではない。
俺とエルンストが村へ足を踏み入れた瞬間。
視線が集まる。
警戒。
恐れ。
そして――
拒絶。
「……止まれ」
一人の男が前に出る。
農具を握っている。
武器ではない。
だが。
十分に“意思”は伝わる。
「ここは、戦場じゃない」
低く言う。
「帰ってくれ」
言葉が、出ない。
当然だ。
自分たちは。
“戦争そのもの”だ。
エルンストは何も言わない。
ただ、立っている。
敵としてではなく。
異物として。
背後で、ヴェントラが小さく唸る。
まだ、震えている。
それを見て。
村人たちが、ざわめく。
「……ワイバーン……?」
「やめろ……近づけるな……」
恐怖が、広がる。
その時。
俺の足が、揺れた。
踏ん張れない。
膝が、崩れる。
地面に、手をつく。
限界だった。
空気が、変わる。
村人たちが、言葉を失う。
目の前にいるのは。
兵士ではない。
ただの。
“傷ついた人間”だった。
そして。
エルンストも、緊張の糸が解けたのか、
壁にもたれるように座り込んだ。
血が、地面に落ちる。
村人の男が、顔をしかめた。
そして。
小さく、舌打ちする。
「……チッ」
近づく。
警戒は、解いていない。
だが。
目は、変わっていた。
「……そのまま死なれる方が、後味が悪い」
短く言う。
「中に運べ」
他の村人たちも、動く。
恐る恐る。
だが。
手を貸す。
村のどこかの小さな家の中。
簡素な寝台。
火の灯りが温かかった。
戦場とは、違う熱。
布で傷を縛る。
水を運ぶ。
言葉は少ない。
だが。
拒絶ではない。
そのまま、数日が、過ぎていた。
傷は、まだ癒えない。
だが。
動けるようにはなっていた。
村の外。
木陰で、ヴェントラが横になっている。
俺はそっと、そばにいた。
「……怖かったな」
静かに、言う。
ヴェントラが、小さく鳴く。
手を伸ばす。
首に触れる。
少しずつ。
震えが、収まっていくのが分かった。
少し離れた場所で。
エルンストがその様子を見ていた。
何も言わない。
ただ。
視線を外さない。
しばらくして、近寄ってきたエルンスト。
「……なぜ助けた」
俺は、少し考える。
「……必要だからだ」
短く答える。
「鍵は、二つ必要だ」
風が、吹く。
木々が揺れる。
「……それだけか」
問う。
俺は、視線を逸らさない。
「……それだけだ」
エルンストが、わずかに笑う。
皮肉ではない。
どこか、納得したような。
「……そうか」
子供が、遠くから様子を見ている。
怯えながら。
それでも。
少しずつ、近づいてくる。
戦争を知らない目。
それが。
この場所にある。
戦場は、遠い。
だが。
終わってはいない。
ここにあるのは。
ほんの一時の、静けさ。
その先にあるものは。
まだ、見えていない。




