第五十六話「空へ戻る意思」
地面が、抉れる。
爆風が、遅れて体を打ち抜いた。
砲撃は、止まらない。
海から、容赦なく降り注ぐ。
建物は崩れ。
地面は割れ。
炎が、広がる。
海兵達に追われながら俺は走っていた。
息が、荒い。
視界が、揺れる。
それでも。
止まれば、終わる。
隣で、同じようにエルンストも走っている。
血に濡れ。
足取りも重い。
だが。
剣は、まだ握っている。
その時。
空気が、変わる。
音が、消える。
いや。
“消された”。
圧。
重い。
本能が警戒をしだす存在感。
俺は足を止めてしまった。
エルンストも、同時に気づく。
海兵達の後方。
煙の向こうから。
一人の男が、現れる。
巨大な斧を、肩に担ぎ。
ゆっくりと歩いてくる。
連合軍の軍服。
だが。
他とは、違う。
纏う空気が、違う。
「……空の連中か」
低い声。
その視線には。
明確な“嫌悪”があった。
「俺はバルド・マレウス中将だ」
「勝負しろ!空の野郎共」
名乗る。
それだけで。
場の空気が、重くなる。
バルドは、二人を見下ろす。
俺。
エルンスト。
そして。
静かに、言った。
「……空から落ちてくる連中は、いつもそうだ」
「見えない場所から、好き勝手に撃ち込んで」
「また、逃げて行く…」
「それで、戦っているつもりか?」
言葉は、淡々としている。
だが。
その奥にあるものは、重い。
「海で戦ってみろ」
「逃げ場も、隠れる場所もない場所で」
「真正面から、刃を交えてみろ」
一歩、斧を担ぎながら、大きく踏み出す。
「それができないなら――」
「支配など、口にするな」
俺は剣を構える。
手が、震える。
限界だ。
それでも。
前に出る。
「……来るぞ」
エルンストが短く言う。
余裕はない。
だが。
逃げない。
バルドが、踏み込む。
速い。
重い。
斧が、振り下ろされる。
空気が、裂けた。
俺がバルドの斧を受ける。
衝撃。
腕が、軋む。
膝が、沈む。
「……ぐっ……!」
耐えきれない。
弾き飛ばされる。
そして、間髪入れず、次の一撃。
逃げられない。
間に合わない。
すると、エルンストが割り込む。
剣で、受ける。
だが。
力が、違う。
弾き飛ばされ、地面を転がった。
立てない。
動けない。
バルドが、ゆっくりと近づく。
「……終わりだ」
斧が、持ち上がる。
振り下ろされる。
その瞬間。
空を裂く音。
怒りの咆哮。
風が、叩きつけられる。
影が、降りる。
巨大な翼。
鋭い爪。
ヴェントラ。
バルドの一撃が、逸れる。
風圧で、軌道がズレる。
地面が、砕ける。
「……ワイバーン?」
バルドが、目を細める。
ヴェントラを見上げる。
「……まだ、飛ぶか」
わずかに、口元が歪む。
「……恐怖を知ってなお、か」
ヴェントラは震えている。
呼吸が荒い。
明らかに、怯えている。
あの“存在”に。
それでも。
俺の元へ来た。
「……乗れ!」
叫ぶ。
エルンストを見る。
一瞬の躊躇。
だが。
すぐに、エルンストは動いた。
二人が、飛び乗る。
次の瞬間。
ヴェントラが、大きく羽ばたく。
強引に。
無理やり。
空へ。
見上げる。
斧を、ゆっくりと下ろす。
追わない。
ただ。
静かに、呟く。
「……いいだろう」
「また空に逃げるか」
視線は、鋭い。
「だが――」
「その空が、いつまで残ると思う」
ヴェントラは、震えていた。
高度は、低い。
安定しない。
それでも。
飛ぶ。
逃げる。
ヴェントラの首元に、手を当てる。
「……大丈夫だ」
静かに言う。
ヴェントラの呼吸が、わずかに落ち着く。
後ろで、息を整えるエルンスト。
何も言わない。
だが。
その目は、前を見ていた。
眼下に森が見える。
深く。
静かな場所。
その中に。
小さな村。
ヴェントラが、力を失う。
落ちるように、降りる。
地面に叩きつけられる。
土が、舞う。
音が、消える。
砲撃も。
叫びも。
ここには届かない。
クロノス。
エルンスト。
ヴェントラ。
ボロボロの状態で。
同じ場所にいる。
戦場は、遠い。
だが。
終わってはいない。




