第五十五話「失われた場所」
轟音が、空気を裂いた。
遅れて。
地面が、揺れる。
俺は、足を止めた。
何かが、おかしい。
砲撃とは、違う。
もっと、重い。
もっと、深い。
嫌な予感が、背中を走る。
「……今のは」
エルンストも、顔を上げる。
同じ方向を見る。
煙が、上がっていた。
黒く。
高く。
空へ向かって。
だが。
その場所は――
(……あそこは)
走る。
瓦礫を越え。
崩れた街を抜け。
ただ、一直線に。
そして。
瓦礫と化した地平線の奥。
目線の遥か先、そこにあったものは。
“何もなかった”。
いや。
あった。
残骸が。
砕けた石。
崩れた構造。
原形を留めていない。
かつて。
そこにあったはずのもの。
神を呼ぶ場所。
遺構。
それが。
砲撃によって跡形もなくなっていた。
「……嘘だろ」
声が、漏れる。
否定したかった。
だが。
目の前の現実は。
揺るがない。
ゆっくりと、周囲を見る。
理解する。
そして。
静かに、エルンストは呟く。
「……消されたな」
感情は、ない。
ただ、事実を言う。
「……海によって」
俺の中で。
何かが、崩れる。
ここまで来た意味。
戦ってきた理由。
対の鍵を遺構に持っていくこと。
そして、争いを終わらすために神を呼ぶこと。
すべてが。
消えた。
雨だけが、音を立てる。
誰も、動かない。
何も、言えない。
だが。
終わらない。
遠くから。
音がする。
重い。
甲冑が小刻みに擦れる音。
振り返ると。
海から上陸を開始した海洋諸国連合軍。
海から地上に降り立った海軍兵士たち。
荒々しく、瓦礫の中を突き進んでくる。
手には銃。
あるいは刃。
そして。
見たことのない装備の数々。
彼らは、迷わない。
目標が、決まっていた。
その眼には憎悪があった。
王国でも。
帝国でもない。
“ここにいる全員”。
彼らは敵をこう呼んだ。
「空の悪魔を殲滅せよ!」と。
その光景を見ていたエルンストは静かに剣を構える。
その動きは、もう迷いがない。
「……どうする」
俺に問うエルンスト。
一瞬だけ。
遺構の残骸を振り返った。
そして。
前を向く。
「……戦うしかないだろう」
それしか、ない。
エルンストが、笑う。
かすかに。
「……そうか」
「……なら、生き残れ」
次の瞬間。
銃声。
空気が裂ける。
地面が、跳ねる。
そして、放たれる攻撃魔法の数々。
連合軍が、攻撃を開始した。
風牙槍を既に無くしていた俺は、倒れた兵士から剣を抜き取った。
そして、俺は、踏み込む。
片手で雷撃を打つ。
魔力はほぼない。が、絞り出す。
エルンストも、動く。
剣が、閃く。
向かってきた海洋諸国連合軍の兵を斬り裂いていく。
もう。
国は関係ない。
敵も、味方も。
曖昧になる。
ただ。
“生き残る者”と。
“倒れる者”だけがいる。
崩れた遺構の向こう。
煙の奥。
空の彼方に。
まだ。
“何か”があった。
見えてはいない。
だが。
希望はまだ、消えてはいない。




