第四十九話「空白の空」
音が、戻らない。
爆発も。
叫びも。
風の音すら。
すべてが、どこか遠くに置き去りにされたように、鈍く、現実味を失っていた。
俺は、ただ立っていた。
飛行艇の残骸の上で。
ヴェントラも無事だが、
俺の近くで震えながら蹲っていた。
崩れた鉄骨の隙間から、空を見上げる。
そこには、もう何もいなかった。
ドラゴンの姿は、消えていた。
まるで最初から存在しなかったかのように。
だが。
残っている。
すべてが。
空が、削れていた。
雲が、不自然に途切れている。
その先が、歪んでいる。
色が、違う。
そこだけ。
世界が、欠けている。
(……なんだ、これ……)
言葉にできない。
理解も、できない。
ただ。
“あってはいけないもの”が、そこにある。
視線を落とす。
地上が、見える。
焼けている。
いや。
違う。
焼けてすらいない。
消えている。
街が。
森が。
人がいたはずの場所が。
何もない。
ただ、空白だけが広がっている。
味方の部隊が、散っている。
ワイバーンが、地に落ちている。
翼が折れたまま、動かない。
兵士が、座り込んでいる。
武器を握ったまま。
何もしていない。
いや。
何も、できない。
遠くで、声がする。
「……神……」
誰かが、呟いている。
「……神は……」
続かない。
祈りにならない。
言葉が、崩れる。
膝をつく者。
立ち尽くす者。
空を見上げたまま、動かない者。
誰も。
何を信じればいいのか、分からなくなっている。
飛行艇の残骸が、煙を上げている。
だが。
帝国兵は、動いている。
撤退ではない。
ただ、状況を見ている。
あれほどの戦意は、もうない。
だが。
崩れてもいない。
空は、静かだった。
あまりにも。
静かすぎる。
さっきまで。
あれほどの戦いがあった場所とは思えないほどに。
何もない。
俺は。
何もできなかった。
剣を握っていた。
戦っていた。
鍵として、ここにいた。
それでも。
何一つ、守れなかった。
(……俺は……)
言葉が、出ない。
意味がない。
今さら、何を言っても。
拳が、震える。
誰も、動かない。
命令もない。
指示もない。
戦いは、終わっていない。
だが。
続ける意味が、消えている。
空は。
変わってしまった。
誰かが、奪うものでも。
守るものでもなくなった。
ただ。
触れてはいけないものになった。
そして。
俺たちは、知ってしまった。
この世界には。
戦ってはいけない存在がいることを。




