第四十八話「空の支配者」
音が、消えた。
爆発も。
叫びも。
砲撃も。
すべてが、途切れる。
世界が、一瞬だけ止まる。
その静寂の中で。
“何か”が来る。
飛行艇が、軋む。
外からではない。
空そのものが、歪んでいる。
「……おい」
誰かが、呟く。
「……なんだ、あれ」
視線が、上を向く。
雲が、割れていた。
黒い裂け目のように。
空が、開く。
そこから。
“落ちてくる”。
翼。
巨大な、影。
音はない。
ただ、存在だけがある。
ドラゴン。
それが、ゆっくりと空へ姿を現す。
大きさの感覚が狂う。
距離が分からない。
近いのか、遠いのか。
ただ。
“でかい”という認識だけが、脳を圧迫する。
「……は……?」
誰かの声が、震える。
ヴェントラが、鳴く。
違う。
これは、鳴き声じゃない。
悲鳴だ。
体が、震えている。
俺の指示を、聞かない。
初めてだ。
完全に、本能が拒絶している。
(……ヴェントラ……?)
伝わってくる。
恐怖。
圧倒的な、“上位存在”への本能的な服従。
「撃て!!」
誰かが叫ぶ。
反射的に。
砲撃が放たれる。
魔法が飛ぶ。
矢が、弾丸が、炎が。
すべてが、空を埋める。
だが。
届かない。
当たっているはずなのに。
効いていない。
まるで。
“存在していない”かのように。
すべてが、滑る。
「……なんだよ……」
声が、崩れる。
「……なんなんだよ、あれ……」
高度。
編隊。
包囲。
すべてが、意味を失う。
戦術という概念が、消える。
ここはもう。
戦場じゃない。
ドラゴンが、ゆっくりと動く。
ただ、首を傾ける。
それだけで。
空気が裂ける。
次の瞬間。
“消えた”。
飛行艇の一隻が。
爆発すらしない。
ただ、消失する。
「――な……」
言葉が、続かない。
王国のワイバーン部隊。
帝国の飛行艇。
教国の飛竜部隊。
関係ない。
すべてが、対象になる。
逃げる者。
立ち向かう者。
区別は、ない。
「……神……!」
教国の兵が、叫ぶ。
「神が……来た……!」
違う。
これは、神じゃない。
もっと原始的で。
もっと、暴力的な存在だ。
俺は。
動けない。
戦えない。
守れない。
ただ、見ているだけだ。
(……これが……)
理解する。
人間の戦争なんて。
あまりにも、小さい。
空は。
誰のものでもなかった。
支配も。
願いも。
すべてを拒絶する存在が。
そこにいる。
ドラゴンは。
ただ、そこに在るだけで。
世界を壊していた。




