第四十五話「堕ちた背中」
鉄の匂いがする。
熱と、油と、焦げた金属の匂いが混ざり合い、飛行艇の内部は空とはまるで別の場所になっていた。
足場は傾いている。
機体がまだ安定していない証拠だ。
「……来るぞ」
エルンストが、短く言う。
次の瞬間。
扉が吹き飛ぶ。
帝国兵。
装備は重い。
だが統制が取れている。
(……懐かしいな)
一瞬だけ、そう思う。
足運び。
間合い。
複数戦。
空じゃない。
地上の戦い。
俺が一番、慣れていた陸軍の頃の戦場。
「下がってろ」
短く部下の帝国兵に言う。
エルンストは動かない。
「……一人でやるつもりか」
「お前を連れて帰るためだ」
答えながら、踏み込む。
最初の一人。
懐に入る。
斬る。
次。
銃口を逸らす。
剣の束を敵の脇にぶつける。
痙攣。
崩れる。
間を空けない。
三人。
同時。
動きが遅い。
読める。
崩す。
倒す。
「……なるほど」
エルンストが呟く。
「空よりも、こちらが本領か」
否定しない。
事実だ。
だが。
帝国兵の数が増える。
次々と入ってくる。
囲まれる。
(……きりがない)
息が上がる。
集中力が削れていった。
その中で。
また、あの感覚。
胸の奥が震える。
エルンスト。
間違いない。
こいつが――対の鍵。
その時。
空気が変わる。
戦いの音が、一瞬で消える。
「……」
誰も動かない。
帝国兵でさえ。
振り返る。
そこに、立っていた。
ヴァルター。
だが。
右腕が、ない。
肩口から先が、消えている。
血が、止まっているのが逆に異様だった。
全身、傷だらけ。
満身創痍の状態。
だが。
立っている。
それだけで、空気が変わる。
「……生きてたか」
低く、呟く。
視線は、俺。
ではなく。
エルンストへ。
「……任務は続行だ」
短い。
それだけ。
「……オルディウスは」
思わず、口に出る。
ヴァルターが、わずかに視線を動かす。
「……殺した」
静かに言う。
それだけで。
全て、分かる。
(……負けたのか)
あの人が。
あの、蒼鷹が。
胸の奥が、重くなる。
だが。
目の前は、止まらない。
ヴァルターが、一歩ゆっくりと踏み出す。
それだけで。
空気が沈む。
呼吸が、重い。
右腕がなくても。
関係ない。
強い。
圧倒的に。
(……無理だ)
はっきりと分かる。
今の俺じゃ、勝てない。
逃げるか。
だが。
エルンストを、逃がすわけにはいかない。
それでも、俺は。
踏み込むことを選んだ。
勝てなくても。
止める。
それだけだ。
「――それ以上は、やらせねぇよ」
聞き慣れた声。
横から衝撃。
ヴァルターの動きが、一瞬止まる。
視線が動く。
そこにいたのは。
ガイアス。
息が荒い。
傷だらけ。
自身のワイバーンから飛び降りてきたのだろう。
だが、笑っている。
俺も笑みがこぼれる。
「……遅ぇんだよ、お前」
俺は軽く言った。
そして、ガイアスは言う。
「一人で全部やろうとすんな」
その言葉で。
少しだけ、張っていた力が抜ける。
だが。
戦いは、終わっていない。
むしろ。
ここからが、本番だ。




