第三十六話「祈りの限界」
空は、晴れていた。
雲一つない。
澄み切った空。
まるで。
神に見守られているかのような。
王国と帝国が睨みを利かせている大陸中央。
教国軍は中央に聳える山脈の東側に陣を張っていた。
狙いは山脈を越えた先の帝国領。
島国の王国および大陸に位置する教国軍は
帝国軍を帝国領付近まで押し返している。
もう帝国の好き勝手にはさせない。
反撃のときだ。
「進軍を継続する!」
声が響く。
教国軍。
その中央。
一人の男が、ワイバーンの上に立っていた。
重厚な鎧。
傷だらけの外套。
その目は、揺るがない。
名は――
聖騎士団・飛竜部隊隊長
ラディウス
「降臨者様は教国本国におられる!」
声を張る。
「我らは、その間を支える剣だ!」
「恐れるな!」
「神は、見ている!」
「神は、導く!」
兵が応える。
「「おお!!」」
士気は高い。
むしろ。
高すぎるほどに。
(問題ない)
ラディウスは確信していた。
王国軍は、西側勢力を抑えている。
帝国軍も、西側に対抗するため、東側では大きな動きはない。
そして。
降臨者。
神を呼ぶ存在は。
今、教国にある。
(勝利は、揺るがない)
その時だった。
音。
違和感。
ワイバーンの羽音じゃない。
風でもない。
“鳴り”だ。
「……なんだ?」
ラディウスが空を見る。
遠く。
黒い点。
だが。
動きがおかしい。
羽ばたかない。
なのに。
飛んでいる。
(……何だ、あれは)
距離が縮まる。
形が、見える。
金属。
翼。
だが、生き物じゃない。
“物”だ。
「全軍、警戒!」
ラディウスが叫ぶ。
ワイバーン部隊が動く。
迎撃体制。
だが。
遅い。
その上空。
黒いワイバーン。
そして。
異形の機体。
飛行艇。
その上に立つ男。
エルンストは無表情だった。
ただ、見下ろす。
「……これが」
小さく呟く。
「新しい空だ」
手を下ろす。
それが、合図だった。
轟音。
光。
次の瞬間。
爆発。
地上が、吹き飛ぶ。
「なっ――!?」
ラディウスの目が見開く。
何が起きたか。
理解できない。
上から。
攻撃された。
だが。
そこは届かないはずの高度。
「防御魔法展開!!」
遅い。
次の砲撃。
さらに爆発。
ワイバーンが、墜ちる。
「ぐああああああ!!」
悲鳴。
空が、支配される。
(……神は)
ラディウスが、歯を食いしばる。
「神が守ってくださる!!」
叫ぶ。
だが。
次の瞬間。
仲間が吹き飛ぶ。
現実は、変わらない。
祈りは、届かない。
「くそ……っ!!」
ラディウスが突撃する。
ワイバーンを駆る。
上へ。
あの“異物”へ。
だが。
届かない。
距離が違う。
速度が違う。
次の瞬間。
砲撃がラディウスに直撃する。
視界が白くなる。
落ちる。
空から。
地へ。
ラディウスの意識が、薄れる。
最後に見たのは。
変わらない空。
そして。
届かない場所を飛ぶ“それ”。
(……神よ)
初めて。
疑問が浮かぶ。
(なぜ)
その答えは。
返ってこなかった。
上空。
すべてをエルンストは見下ろす。
感情はない。
ただ。
結果だけがある。
「空は」
静かに言う。
「祈るものじゃない」
一拍。
「支配するものだ」
その言葉とともに。
飛行艇は、さらに上昇した。
誰にも届かない空へ。




