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第三十五話「その存在の意味」

 呼び出しは、静かに届いた。


 教国の聖戦部隊。


 その中でも。


 “上”の存在から。


「降臨者殿に、謁見を」


 形式は丁寧。


 だが。


(断れる空気じゃないな)


 クロノスは、短く息を吐いた。


 教国の聖騎士に連れられ、俺はアストレア王国からノクティア教国を目指した。


 教国へ足を踏み入れた瞬間。


 空気が、変わった。


 静かじゃない。


 ざわめき。


 視線。


 そして。


「……降臨者様だ」


 誰かが呟く。


 次の瞬間。


 人が、集まる。


 あっという間に。


 囲まれる。


「おお……」


「本当に……」


 熱。


 目が、違う。


 信じている目。


 すがるような目。


(……これが)


 教国。


「どうか……」


「どうか、お救いを……」


 手が伸びる。


 震えている。


 服は、古い。


 痩せている。


 生活は、豊かじゃない。


 それでも。


 目だけは、強い。


(……神に、すがってる)


 理由は分かる。


 救いがないからだ。


 現実に。


 だから。


 空に、求める。


 神に。


 そして。


 “降臨者”に。


 クロノスは、何も言えない。


 神じゃない。


 何も変えられない。


 それでも。


(……何か、言わないと)


 口を開く。


「……生きろ」


 それだけだった。


 簡単な言葉。


 でも。


 それしか出なかった。


 一瞬、静かになる。


 そして。


「……はい」


 誰かが、頷く。


 それが広がる。


 小さな波のように。


 クロノスは、視線を逸らす。


(……違う)


 こんなのは。


 求められている答えじゃない。


 でも。


 それでも。


 何も言わないよりはいい。


 そう思うしかなかった。


 石造りの礼拝堂。


 光が差し込む。


 静かすぎる空間。


 その中央に。


 一人の男が立っていた。


 白い装束に黄金の手袋。


 細い体。


 だが。


 目が、異様だった。


(……こいつが)


 直感で分かる。


 普通じゃない。


「お待ちしておりました」


 丁寧な声。


 だが。


 中身は違う。


「降臨者殿」


 その言葉に、重さがある。


 “人”としてではない。


 “存在”として見ている。


(……やっぱりな)


 クロノスは、短く息を吐く。


「用件は」


 短く言う。


 距離を取る。


 男は、ゆっくりと顔を上げる。


 笑っていた。


「まずは、感謝を」


「あなたの導きにより」


「我らは正しい戦を歩んでいる」


(……導き?)


 違う。


 そんなつもりはない。


「そして」


 一歩、近づく。


「確認したいのです」


 その目が、クロノスを捉える。


「あなたが、“どこまで”理解しているのかを」


 空気が、重くなる。


「……何を」


「あなたは、人ではありません」


 即答。


 迷いがない。


「神の器だ」


 断言。


 クロノスは、何も言わない。


「王国は、あなたを利用する」


「だが我らは違う」


 神官が、一歩近づく。


「正しく導く」


(同じだ)


 内心で吐き捨てる。


 言い方が違うだけだ。


「共に行きましょう 教国の国民を見たでしょう」


 手が差し出される。


「我々はあなたを望んでいいる」


 誘い。


 いや。


 支配だ。


 沈黙。


 クロノスは、ゆっくりと答える。


「……行きません」


「今は、王国にいます」


 はっきりとは言わない。


 だが。


 十分だ。


 神官は、笑う。


「いずれ理解する」


 その目は、確信している。


(……厄介だな)


 だが。


 それで終わらなかった。


 教国から帰ろうと準備をする。


 だが。


 クロノスのすぐ傍には。


 教国の兵が、常にいる。


 距離を取らない。


 監視。


 いや。


 “管理”だ。


「もうしばしの間、ご滞在を」


「安全の確認が必要でして」


 言葉は柔らかい。


 だが。


(帰す気がないな)


 数日、自由に動くことができなかった。


 完全に。


 囲われている。


 数日経った夜。


 物音。


 窓が、わずかに開く。


「……おい」


 聞き慣れた声。


 俺は、顔を上げる。


 ガイアスだった。


 だが。


 その瞬間。


 横にいた教国の兵が、動く。


「止まれ」


 鋭い声。


「降臨者様に近づくな」


 空気が、一気に張り詰める。


「……何者だ」


 問い。


 ガイアスは、少しだけ首を鳴らす。


「何者でもねえよ」


 軽く答える。


 兵が、さらに踏み込む。


「降臨者様を我々から奪うつもりか」


 その言葉。


 完全に。


 “所有物”として扱っている。


 クロノスは、わずかに目を細める。


 ガイアスは、笑う。


「奪う?」


 一歩、前に出る。


「勘違いしてんじゃねえ」


 真っ直ぐに言う。


「俺は降臨者様なんて知らねえ」


 兵の視線を受けながら。


 そのまま続ける。


「ただ」


 一拍。


「友達を迎えに来ただけだ」


 それだけ。


 それだけなのに。


 空気が変わる。


 教国の理屈とは、違う言葉。


 クロノスの中に、落ちる。


(……ああ)


 そうだ。


 それでいい。


 神でも。


 鍵でもない。


 ただの人間だ。


「……行くか」


 クロノスが言う。


 ガイアスが、笑う。


「最初からそのつもりだろ」


 次の瞬間。


 空気が動く。


 兵が動くより、早く。


 二人は、外へ。


 外にはガイアスのワイバーンと。


 ヴェントラが待っていた。


 夜の空。


 風を切る。


 自由な空へ。


 戻る。


 自分の居場所へと。


 仲間と共に。


(……俺は)


 神じゃない。


 誰かに決められる存在でもない。


 ただ。


 守りたいものがあるだけだ。


 それだけで、十分だった。

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