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第三話「本音だけが届くもの」

 司令塔の中は、外とは別の世界みたいに静かだった。


 さっきまでの喧騒が嘘みたいに、音がない。


 分厚い扉が閉まる。


 その瞬間、外の空気が完全に切り離された。


「……座りなさい」


 女王の声だけが、やけに鮮明に響く。


 言われるまま、椅子に腰を下ろす。


 向かいには、女王。


 その後ろには、地図と――赤い印。


 沿岸部。侵入経路。


 現実が、じわじわと迫ってくる。


「時間がないから、結論から話すわ」


 無駄がない。


 迷いもない。


「この戦争を終わらせる手段は、一つしかない」


 嫌な予感が、胸の奥で膨らむ。


「神を、この地に降ろすこと」


 やっぱり、その話か。


 訓練場で聞いた言葉が、頭をよぎる。


「ただし」


 女王の目が、真っ直ぐこちらを射抜く。


「“鍵”が必要になる」


 その言葉に、心臓が強く打った。


「鍵っていうのは……なんなんですか 何か…特別なもの…なのでしょうか…」


 女王は、少しだけ間を置いた。


「特別な力ではないわ」


 予想と違う答えだった。


「むしろ逆。誰にでも起こり得るもの」


「……え?」


「人が、“本音で選ぶ瞬間”」


 言葉の意味が、すぐには飲み込めない。


「恐怖も、迷いも、全部抱えたまま」


「それでも、自分の意思で選ぶ」


「その状態に至ったときだけ、神は応じる」


 静かな説明だった。


 けれど、重かった。


「……それなら」


 思わず口に出る。


「誰でもできるんじゃないんですか」


 女王は、首を横に振った。


「できないわ」


 即答だった。


「人は、そこまで純粋になれない」


「誰かのため、保身のため、恐怖を誤魔化すため……必ず“嘘”が混じる」


 胸が、痛む。


 思い当たることしかない。


「だから――」


 女王の視線が、わずかに外れる。


「それを“成立させるもの”が必要になる」


 その先は、言わなくても分かった。


 頭に浮かぶのは、あの白色の翼。


「……ヴェントラ」


 思わず、名前が漏れる。


 女王は否定しなかった。


「あなたはまだ、鍵ではない」


 静かに言う。


「あの子が認めた存在のあなたは“鍵になり得る”」


 息が、止まる。


「ヴェントラは、嘘を許さない」


「あなたがどれだけ誤魔化そうとしても、成立しない」


 思い出す。


 あのとき、言葉が止まった感覚。


「だからこそ」


「本音に辿り着く可能性がある」


 可能性。


 それだけだ。


「……俺は」


 言葉が震える。


「普通の人間です」


 否定じゃない。


 ただの事実だ。


「知っているわ」


 女王は、あっさりと答えた。


「だから選ばれたの」


 意味が、分からない。


「特別な者は、迷わない」


「迷わない者は、本音に辿り着けない」


 その言葉は、どこか歪んでいた。


 でも、妙に納得してしまう。


「あなたは迷う」


「揺れる」


「嘘をつく」


 一つ一つが、突き刺さる。


「だからこそ――」


「足掻いて選ぼうとしたとき、本物になる」


 逃げ場が、なかった。


 そのとき。


 外から、爆音が響く。


 戦闘が、始まった合図だった。


「時間よ」


 女王が扉へ向かう。


「あなたはまだ、選ばなくていい」


 振り返らずに言う。


「だが、その時は必ず来る」


 そして固く閉ざした司令塔の扉が開く。


 再び、喧騒が流れ込んできた。


「それまでに、自分で決めなさい」


 閉まる直前。


「選ぼうと足掻く普通の人間になるのか」


 その言葉だけが、残った。

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