第四話「風は嘘をつかない」
空は、思っていたよりも近かった。
いや――違う。
近いんじゃない。
速すぎる。
視界が流れる。
風が、殴りつけてくる。
呼吸をするだけで精一杯だった。
「っ……!」
ヴェントラの背にしがみつく。
指示なんて出せない。
出す余裕がない。
(こんなの、無理だろ……!)
その瞬間。
ヴェントラの動きが、明らかに鈍った。
高度が、落ちる。
「ちょ、待て……!」
返事はない。
ただ、風が冷たくなる。
(……なんだよ)
分かってしまう。
(またかよ……)
怖い。
落ちたら終わる。
死ぬかもしれない。
頭の中で、言葉が浮かぶ。
(大丈夫だ)
そう言おうとして――止まる。
ヴェントラが、わずかに翼を止めた。
(……ダメか)
苦笑する余裕なんてない。
でも、理解した。
こいつは、誤魔化しが通じない。
「……怖い」
口に出した。
その瞬間。
風が変わった。
落ちかけていた体が、ぐっと持ち上がる。
ヴェントラの翼が、大きく広がる。
(……は?)
明らかに違う。
さっきまでとは、別物みたいな加速。
視界の端に、敵影が映る。
「来るぞ!」
誰かの声。
次の瞬間、火球が空を裂いた。
「っ!」
ヴェントラが勝手に体を傾ける。
ギリギリで回避。
(今の……)
自分は、何もしていない。
「……分かったよ」
風の中で、呟く。
「俺が指示するんじゃないな」
答えはない。
でも。
ヴェントラの動きが、わずかに変わった。
試すように、旋回する。
振り落とされそうになる。
必死に耐える。
(……行ける)
今度は、言葉にしなかった。
ただ、思う。
逃げない。
怖いままでいい。
それでも。
やる。
上空から火球を放った敵が突っ込んできた。
正面から来る。
速い。
でも――
(重い)
違和感があった。
旋回が、わずかに遅い。
風に流されている。
(海風……上昇が鈍る)
頭の中で、地上の感覚が繋がる。
「ヴェントラ」
初めて、名前を呼ぶ。
反応はない。
でも。
わずかに、進路が変わった。
(あいつ、分かってるのか……?)
「右だ」
言葉じゃない。
ただ、そう思った。
ヴェントラが急旋回する。
敵が追う。
無理な角度。
翼が揺れる。
(今だ)
「上げろ!」
急上昇。
敵が遅れる。
その一瞬。
背後に入る。
完全に、死角。
「――ここだ!<雷撃>」
手をかざす。
陸軍で叩き込まれた、基礎魔法。
派手じゃない。
でも。
狙いは外さない。
風を裂いて、稲妻が走る。
敵の翼の付け根に直撃。
バランスが崩れる。
そのまま、落ちていく。
静かだった。
(……勝った?)
実感が、遅れてやってくる。
その横で。
ヴェントラが、わずかに翼を鳴らした。
まるで――
「それでいい」とでも言うみたいに。




