第二十六話「空を奪う者、海を守る者」
空は、静かだった。
だが。
その静けさの裏で。
すべてが、動いている。
ゼフィラ帝国。
巨大な造船区画。
金属の音が、絶えず響いていた。
叩く音。
削る音。
組み上げる音。
そして。
それらの中心にあるもの。
巨大な影。
飛行艇。
まだ未完成。
だが。
確実に、“空を奪う形”をしている。
「進捗は」
低い声。
振り返るまでもない。
ヴァルターだ。
「予定通りです」
技術士官が答える。
そして、ヴァルターの側近が追加の報告をする。
「王国と教国が接触しました」
その報告に。
空気が、わずかに変わる。
「……そうか」
ヴァルターは、表情を変えない。
だが。
目だけが、わずかに細くなる。
「時間がないな」
短く言う。
「建造を前倒ししろ」
「試験段階を縮める」
「だが、危険性が――」
「構わん」
即答。
「完成よりも、間に合わせることを優先する」
迷いがない。
戦争の判断だ。
(……やはり、この人は)
少し離れた場所で。
エルンストがそれを見ている。
(止まらない)
決めた道を。
一直線に進む。
それが、ヴァルターという男だ。
「エルンスト」
呼ばれる。
「はっ」
すぐに前に出る。
「お前の部隊は」
「次の作戦に投入する」
「教国が動いた以上」
「王国は加速する」
「その前に叩く」
簡潔。
無駄がない。
「了解しました」
短く答える。
だが。
ほんの一瞬だけ。
迷いがよぎる。
「……何だ」
見逃されない。
「いえ」
一拍。
「本当に、空を奪うことが正しいのかと」
言ってしまった。
沈黙。
周囲の空気が凍る。
だが。
ヴァルターは怒らなかった。
ただ。
まっすぐ見た。
「お前は、何を見た」
問い。
試すような問い。
「……祖父の記録を」
あの記憶。
神に空を奪われた世界。
閉ざされた空。
「空が無い世界は」
「人を弱くします」
エルンストの言葉。
静かだが、重い。
ヴァルターは、わずかに頷いた。
「だからだ」
一言。
「空は、持つ者が決める」
「奪われるくらいなら、奪う」
それが帝国の答え。
「……だが」
エルンストが続ける。
「それは、帝国だけの空になります」
「他国は」
「空を失う」
王国と同じ結果だ。
違う形で。
一瞬。
沈黙。
そして。
ヴァルターは言った。
「構わん」
即答。
「守るべきものが違うだけだ」
「我々は、帝国の空を守る」
揺るがない。
それが、この国の強さだ。
そして。
危うさでもある。
「マレディア海洋諸国連合には、既に打診済みだ」
ヴァルターが続ける。
「海の国、ですか」
「ああ」
「奴らは、今まで空には無関心だった」
「だが」
「制空権を取られれば、海も終わる」
事実だ。
空からの攻撃。
海軍は無力になる。
「我々の管理下に入れば」
「空域を融通する」
「海上戦力の保護も保証する」
つまり。
従えば守る。
逆らえば、奪う。
分かりやすい。
そして。
強い。
「応じると?」
「半々だな」
ヴァルターが言う。
「だが、時間の問題だ」
「空を持たぬ者は、いずれ屈する」
冷たい現実。
エルンストは、空を見上げた。
広い。
どこまでも続く。
だが。
その空は、もう。
誰のものでもなくなり始めている。
ふと、思い出す。
自身と似た何かを持つ王国の竜騎兵の男。
同じ匂いがした。
だが。
違う道を歩いている。
(お前は、どちらを選ぶ)
帝国か。
王国か。
それとも。
別の何かか。
風が吹く。
その風は。
まだ、誰のものでもなかった。




