第二十五話「名を問う者」
謁見の間。
空気が、重い。
中央。
レグナ女王が座る。
その前に、教国の使者。
静かに向き合っている。
誰も、口を開かない。
「……ノクティア教国の使者よ」
女王が先に口を開く。
「遠路、ご苦労だった」
落ち着いた声。
王としての声だ。
「お言葉、痛み入ります」
使者が一歩、頭を下げる。
礼はある。
だが、媚びはない。
「我らは、神の御意志のもとにここへ来ました」
(……やっぱりか)
最初から、それだ。
「貴国の計画は把握しております」
「神の降臨」
「それは、正しき選択です」
断言する。
迷いはない。
「だが」
使者の目が、わずかに細くなる。
「一つ、確認したいことがございます」
空気が、張り詰める。
「降臨者は、誰ですか」
その一言。
場の空気が、止まった。
(……来た)
分かっていた。
だが。
実際に問われると、重い。
降臨者。
それは、ただの役割じゃない。
神に最も近い存在。
教国にとっては――
“崇拝の対象”だ。
だからこそ。
知ろうとする。
そして。
近づこうとする。
(……危険だ)
直感的に分かる。
クロノスの名前が出れば。
俺は。
“個人”じゃなくなる。
“対象”になる。
その時。
女王が、静かに口を開いた。
「降臨者は、存在する」
短く。
だが、はっきりと。
「既に認証は完了している」
事実だけを言う。
それ以上は言わない。
使者が、わずかに目を細める。
「……お名前は?」
踏み込んでくる。
だが。
女王の表情は変わらない。
「それを明かす必要はない」
即答。
空気が一段、重くなる。
「降臨者は、王国の管理下にある」
「外部が干渉することは許さない」
はっきりとした拒絶。
だが、敵意はない。
ただ、線を引いている。
使者は、少しだけ沈黙する。
考えている。
そして。
「……理解しました」
あっさりと引いた。
だが。
その目は、納得していない。
「ですが」
続ける。
「降臨者は、神に選ばれし存在」
「その身は、既に人のものではない」
静かな声。
でも、強い。
「我らは、守る義務があります」
(……守る、だと?)
違う。
それは。
管理だ。
囲い込む気だ。
「必要とあらば」
「我らが保護いたします」
言い切る。
その言葉に。
場の空気が、明確に変わった。
敵ではない。
でも。
味方でもない。
危険な存在。
それが、はっきりした。
「不要だ」
女王が即座に返す。
「降臨者は、王国が守る」
迷いのない声。
「それ以上の介入は、認めない」
完全な拒絶。
静かな衝突。
だが。
剣は抜かれない。
言葉だけでぶつかる。
それが、一番怖い。
使者は、ゆっくりと頭を下げる。
「……承知いたしました」
従う形を取る。
だが。
「ですが」
最後に、言葉を残す。
「神は、選ばれし者を導く」
「いずれ」
「正しき場所へと」
意味深な一言。
それだけ言って、口を閉じた。
会話は終わった。
だが。
何も終わっていない。
(……レグナ女王)
さっきのやり取り。
分かってしまった。
あの人は。
俺の名前を守った。
教国から。
あえて、隠した。
(……なんでだ)
理由は、分かる。
でも。
それでも。
あの一瞬の判断は。
軽くない。
俺一人の問題じゃない。
国の判断だ。
(それでも、隠した)
守ったんだ。
“降臨者”じゃなく。
俺を。
その事実が。
妙に、胸に残った。
謁見の間を出る。
空気が、少しだけ軽くなる。
でも。
安心はできない。
教国は、諦めていない。
絶対に、また来る。
その時。
俺は。
どうなる。
空を見上げる。
変わらない青。
でも。
その下で。
すべてが変わり始めている。
選ばれる側から。
選ぶ側へ。
もう、戻れない気がした。




