第二十四話「祈りと沈黙」
城の空気が、いつもと違った。
重い。
静かなのに、張り詰めている。
「来てるらしいな」
ガイアスが、小声で言う。
「ノクティア教国」
「ああ」
謁見の間にて。
見慣れない装束の一団がいた。
白と黒。
装飾は少ない。
だが、異様に目立つ。
理由は簡単だ。
全員、武装している。
(……使者、だよな)
普通じゃない。
空気が違う。
兵とも、騎士とも違う。
もっと極端な何かだ。
「神の御名のもとに」
一人が口を開く。
若い。
だが、目が違う。
揺れていない。
「我らはここに来た」
感情がない。
ただ、確信だけがある。
「貴国の計画は把握している」
「神の降臨」
「それは、正しい」
言い切る。
迷いが一切ない。
「我らはそれを支持する」
場の空気が、わずかに緩む。
だが。
「ただし」
その一言で、すべてが止まる。
「不完全な降臨は許されない」
「神は絶対でなければならない」
静かな声。
でも、重い。
「そのために必要なら」
ほんのわずかな間。
「いかなる犠牲も受け入れる」
誰かが、息を呑む。
「民も、兵も、国も」
「神の前では等しく価値を持たない」
背筋が冷える。
(……こいつら、本気だ)
言葉じゃない。
確信で動いている。
「我らは、神の器を整える」
「それが、世界の救済だ」
価値観が違う。
同じ“神を降ろす”でも。
中身が違う。
(王国とは……違う)
王国は、人のために神を使う。
こいつらは、神のために人を使う。
似ているようで、全く違う。
「……陛下は?」
誰かが聞く。
「まだ来ていない」
ざわつく。
玉座に、女王がいない。
王が来るタイミングは遅くて良い。
相手は使者なのだから。
ただ、いつものレグナ女王なら、既に来ていてもおかしくない。
(……どうした)
嫌な予感がする。
足が、勝手に動いた。
城の奥へ向かう。
静かな廊下。
足音だけが響く。
向かう先は決まっている。
あの人が、いそうな場所。
資料室。
扉を開ける。
薄暗い部屋。
そこに――いた。
レグナ女王。
一人で、本を開いている。
「……レグナ陛下」
声をかける。
ゆっくりと顔が上がる。
「クロノス」
少しだけ驚いた顔。
でもすぐに、落ち着く。
「どうしたの」
「教国の使者が来ています」
「分かってる」
静かな返事。
「すぐ行く」
そう言いながらも。
本から目を離さない。
近づく。
視線が、ページに落ちる。
古い記録。
降臨。
その後の世界。
(……これは)
空を失った記録。
混乱。
衰退。
国の変化。
「……見たのね」
女王が言う。
否定はしない。
「王国は、一度これを経験している」
「神を降ろし」
「空を失った」
静かな声。
「その結果が、これ」
本を閉じる。
音が、小さく響く。
「それでも、私は選んだ」
目が、まっすぐ向く。
迷いはある。
でも、逃げていない。
「戦争を終わらせるために」
「……一人で抱えるには、重すぎませんか」
思わず言う。
一瞬、沈黙。
そして。
ほんの少しだけ、笑った。
「そうね」
「本当は」
「逃げたい時もある」
初めて聞く言葉。
弱さ。
「でも」
「誰かが選ばないといけない」
その言葉が、重く残る。
選ぶ。
最近、何度も聞く言葉だ。
ユークスは未来を選んだ。
ウェナスも、それを選んだ。
レグナ女王は、世界を選んだ。
教国は、神を選ぶ。
じゃあ、俺は。
何を選ぶ。
まだ、分からない。
でも。
考えないといけない。
その時。
遠くで、鐘が鳴る。
低く、重い音。
使者の到着を告げる音。
世界が動いている。
ここから、何かが変わる。
「……行きましょうか」
女王が言う。
もう迷っている顔はしていない。
王の顔だ。
「はい」
短く答える。
部屋を出る。
再び、あの空気の中へ。
教国の使者。
絶対の信仰。
女王の覚悟。
どちらも、同じ神を見ている。
でも。
見ているものが違う。
(俺は)
どっちを見る。
答えは、まだない。
ただ。
選ばないといけない時が、近づいている。




