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第二十話「それぞれの選択」

 空は、やけに静かだった。


 戦闘の合間。


 束の間の静けさ。


 こういう時間は、落ち着かない。


 何も起きないことに、慣れていない。


「おい、クロノス」


 ガイアスが声をかけてくる。


「集まれだとよ」


「……何の話だ?」


「さあな」


 嫌な予感は、しなかった。


 格納庫。


 ユークスがいた。


 いつも通りの顔。


 少しだけ違うのは――


 迷いがないこと。


「急で悪い」


 そう前置きして。


「俺、結婚する」


 一瞬、空気が止まる。


「……は?」


 ガイアスが間抜けな声を出す。


「誰とだよ」


「ウェナスだ」


 あっさりと答える。


 名前が、落ちる。


 静かに。


 確実に。


(……そうか)


 どこかで分かっていた。


 でも。


 こうして言葉にされると。


 少しだけ、重い。


「戦争が始まったからな」


「後回しにする理由がなくなった」


 ユークスは淡々と言う。


 それが、こいつらしい。


「……いいじゃねぇか!」


 ガイアスが笑う。


「めでたい話だ!」


 空気が動く。


 祝福。


 当たり前の反応。


 俺も、口を開く。


「……おめでとう」


 自然に出た。


 嘘じゃない。


 本心だ。


 でも。


(……終わったんだな)


 胸の奥で、何かが静かに落ちる。


 ずっと残っていたものが。


 ようやく、形を失う。


 格納庫を後にし、俺は厩舎へと向かう。


 その道すがら、


 今は聞きたくない声が聞えた。


「クロノス!」


 明るい声。


 振り向く。


 ウェナスだった。


「久しぶり!」


 変わらない笑顔。


 でも。


 もう、違う場所にいる。


「……ああ」


「聞いた?」


「聞いた」


「どう?驚いた?」


「まあな」


 軽く笑う。


「……おめでとう」


「ありがとう!」


 その一言で、十分だった。


 それ以上は、いらない。


(これでいい)


 ちゃんと、終わった。


 他にも会話をしたが。


 俺の頭には入ってこなかった。


 そして、


 幸せそうなウェナス。


 荷物を抱えて、そのまま倉庫へと去っていった。


「おめでたい話ですね」


 横から急な声。


 カインだった。


 いつの間にか、そこにいる。


「こういう時代だからこそ」


「“残す”という選択は価値があります」


 穏やかな口調。


 だが。


(……やっぱり)


 何かが引っかかる。


「カイン」


「今回の情報、どこから来た」


 直接聞く。


「複数の経路からです」


「整理して、最も可能性の高い形にまとめました」


 淀みのない答え。


「ズレてたぞ」


 間を置かず言う。


「……ええ」


 否定しない。


「戦場の情報は、常に不完全です」


「多少の誤差は避けられません」


 正論。


 だが。


(……それだけか?)


「意図的じゃないのか」


 一歩踏み込む。


 カインが、わずかに笑う。


「もしそうだとしたら」


「どうします?」


 問い返される。


 一瞬、言葉に詰まる。


「……分からない」


「正直ですね」


 楽しそうに言う。


「それが貴方の強みです」


「そして、弱みでもある」


 視線が合う。


 底が見えない。


「情報は、必ずしも“正しく”ある必要はありません」


「“有効”であればいい」


 静かな言葉。


 だが。


 はっきりとした違和感。


(……こいつは)


 嘘を使うことに、迷いがない。


 厩舎に着く。


 風が吹く。


(選ぶ、か)


 ユークスは、結婚を選んだ。


 ウェナスも、それを選んだ。


 生きるために。


 未来のために。


 じゃあ、俺は?


 まだ、分からない。


 でも。


 戦う理由は、少し変わった気がする。


 ヴェントラを見る。


 あいつは、変わらずそこにいる。


「……俺も」


「選ばなきゃいけないか」


 風が、静かに流れる。


 答えは、まだない。


 でも。


 もう逃げるつもりはなかった。

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